2019年、記憶に残った論文と旅先

2019年ももうすぐ終わりです。
今年は平成がおわり、令和が始まる記念すべき年でした。
そんな一年を、毎月の記憶に残った論文と旅先とともに振り返ってみたいと思います。
じゆうちょうアドベントカレンダー14日目の記事として作成しました!

1月 ~熱と雪~

Discovery of colossal Seebeck effect in metallic Cu2Se
(金属Cu2Seにおける超巨大ゼーベック効果の発見)
https://www.nature.com/articles/s41467-018-07877-5
図1,ZTの温度依存性。5℃程度の範囲でZTが大変なことになっている。

1月、今年はぶっ壊れ熱電係数ZT=450論文からはじまり、去年の脳内2000K超伝導を彷彿とさせる、期待の持てる1年が始まった感じがありました。


1月は、白馬でスノボをしてみんと欲す。転げ倒して全身筋肉痛になったけどまたやりたい。ケツが痛い。

2月 ~量子化と乗馬~

Room temperature strain-induced quantum Hall effect in graphene on a wafer-scale platform
(ウエハスケール基板上グラフェンにおける室温歪誘起量子ホール状態)
https://arxiv.org/abs/1902.00514
図2、離散化ランダウ準位の運動量分解測定による可視化、しゅごい
2月、磁場とARPESは光電子が磁場で曲がってしまうので相性が最悪ですが、歪誘起擬磁場により量子ホール状態となったグラフェンをARPES観測することに成功したこの論文は、個人的には今年一番好きな論文ですね。

2月、乗馬に初挑戦。リズム感がないので早足で走らせるのが難しかった。ケツが痛い。

3月 ~冷却原子と桜、人生~

Angle-resolved photoemission spectroscopy of a Fermi-Hubbard system
(フェルミ-ハバード系の角度分解光電子分光)
https://arxiv.org/abs/1903.05678
図3,冷却原子ARPESの概念図、実験結果、理論計算。すごい・3・

3月、量子ガス顕微鏡を利用した冷却原子のARPESを実現、引力型フェルミ・ハバードモデルにおける擬ギャップの観測に成功した論文が登場。ARPESといえば固体物質に光を当てる実験手段という狭い了見を拡大してくれたすごい研究でした。

3月、浜松でお花見。後輩たちはみんな人生やってるなぁ…ってなった。

4月 ~再現性問題と夜桜~

Pronounced drop of 17O NMR Knight shift in superconducting state of Sr2RuO4
(Sr2RuO4の超伝導状態における17OのNMRナイトシフトの顕著な減少)
https://arxiv.org/abs/1904.00047
図4-1,親方、ナイトシフトが落ちている( ;・`д・´)

Absence of magnetic thermal conductivity in the quantum spin liquid candidate EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2 -- revisited
(量子スピン液体候補EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2における磁気熱伝導度の非存在)
https://arxiv.org/abs/1904.10395
Thermal conductivity of the quantum spin liquid candidate EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2: No evidence of mobile gapless excitations
(量子スピン液体候補EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の熱伝導度:高移動度ギャップレス励起を示唆する証拠はない)
https://arxiv.org/abs/1904.10402
図4-2、京都の熱伝導の結果を再現できない米中グループ。比熱は再現できている(なんでだ。。。)

4月、コレまでの研究を覆すような論文が2つも登場しました。一つは、Natureに掲載され20年以上p波超伝導の証拠として信じられてきた「Tc以下でナイトシフトは低下しない」というSr2RuO4のNMR測定が、測定パルス出力に依存した結果であり、p波以外の超伝導対称性が実現していることを示唆する論文です。もう一つは、量子スピン液体からのスピノン励起を熱伝導測定から捉えたと言われていた2010年のScience論文の追試に挑んだ米中2グループが、どちらも再現に失敗したことを報告した論文です。
 前者はオリジナル論文の著者たちも追試を行い、測定パルス依存性が存在することを確認した論文を報告しています。後者の論文は、オリジナル論文の著者の一人が「サンプル依存性であろう」というコメントを出していますが、米国グループの論文ではそのコメントにも反論を重ねています。
 注目を集めていた論文に対して追試が行われ、問題点・不足点を指摘することで新たな理解が進むという健全なサイクルが回り、新たな発見につながってほしいものです。

4月、青森県~岩手県に弾丸旅行。弘前城の夜桜が目的でしたが本当にきれいでしたね。人混みの凄さも想像以上でしたが・3・

5月 ~未知との出会い、そしてコンプラ~

Extreme magnetic field-boosted superconductivity
(超強磁場誘起超伝導)
https://arxiv.org/abs/1905.04343
図5-1、a,c軸方向に磁場を回転させたときの相図。右上のヤバイ相がヤバイ。

今年は、UTe2、通称ウテテ論文がたくさん報告されたように感じます。強磁性超伝導、p波対称性の可能性、超強磁場誘起超伝導相、常伝導マヨラナ流体の観測といった様々な物性が様々なグループから報告されました。今年を代表する物質の一つと言っても過言ではないですね。
Unconventional thermal metallic state of charge-neutral fermions in an insulator
(絶縁体における電荷中性フェルミオンによる非従来型熱金属状態)
https://arxiv.org/abs/1905.05357

図5-2、熱伝導の温度依存性と磁場依存性。サンプル依存性が大きいですね。
また、注目を集めたという点では、”謎の中性粒子”というバズワード(?)を生み出したYbB12の熱伝導論文も忘れられません。絶縁体のはずなのに、熱伝導にフォノン以外の伝導成分が存在するという不思議な振る舞いを示すこの物質、SdH振動の観測と合わせて、他グループによる追試とさらなる理解が待たれますね。

ちょっと某所に行ってきたときの写真。スケール感がすごい。

6月 〜アキシオン物理と伊豆大島の自然〜

Evidence for an axionic charge density wave in the Weyl semimetal (TaSe4)2I
(ワイル半金属(TaSe4)2Iにおけるアキシオン電荷密度波の証拠)
https://arxiv.org/abs/1906.04510
図6、ワイル半金属のバンド分散とCDWが起きたときのギャップ形成の模式図

6月、一年も折り返し地点ですが、今年もいろいろなトポロジカル物質が報告されました。ディラック半金属、ワイル半金属、磁性トポロジカル絶縁体/半金属…そんな中登場したこちらの論文は電荷密度波(Charge Density Wave, CDW)をともなうワイル半金属(TaSe4)2Iが、素粒子物理で予言されていたアキシオン絶縁体として振る舞うことを明らかにした報告です。今年はMnBi2Te4系列やEuIn2As2でもアキシオン絶縁体の実現が議論されましたが、素粒子論で予言されていた未知粒子が、実際に同じものではないとはいえ、固体物質中で創発するというのはロマンがあって良いですね。

6月は伊豆大島キャンプ。焼きそばが美味しかったぞ。

7月 ~磁性トポロジカル絶縁体と東京の夜~

Dirac surface states in intrinsic magnetic topological insulators EuSn2As2 and MnBi2Te4
(磁性トポロジカル絶縁体EuSn2As2及びMnBi2Te4におけるディラック表面状態)
https://arxiv.org/abs/1907.06491
図7、MnBi2Te4のギャップレス表面状態、60Kまで続く量子ホール状態、そしてEuSn2As2の表面状態
7月、今年はとにかく磁性トポロジカル絶縁体であるMnBi2Te4に関する報告が多かった印象です。これまで薄膜トポロジカル絶縁体に磁性元素を添加することで実現されてきた磁性トポロジカル状態が、純粋な化合物中で実現していることから様々な測定、特にARPESやSTMによる観測が行われ、表面状態がギャップレスなのかギャップが有るのか?、劈開面に由来するのか?、磁性元素のDisorderが存在するのか?、層厚依存性はどうなっているのか?アキシオン絶縁体は実現するのか?・・・いろいろな問題が提起され研究が盛り上がっている印象です。今後の展開に期待ですね。

7月は遠出しませんでした。夜の東京駅はきれいですね。

8月 ~ニッケル酸化物超伝導とロンドン紀行~

Superconductivity in an infinite-layer nickelate
(無限層ニッケル酸化物における超伝導)
https://www.nature.com/articles/s41586-019-1496-5
図8、すごい!ちゃんとゼロ抵抗になってる!

8月、今年最大の発見の一つと言えるかもしれないのが、Natureに報告されたNi酸化物薄膜における超伝導の発見です。Cu酸化物が超伝導を示して以来、同種の構造をもつRu酸化物やIr酸化物において超伝導、もしくはそれに類似する振る舞いが観測されてきました。それに伴い発展してきた理論によりNi酸化物がやはり超伝導を示すことが予言されていましたが、この論文ではついに、無限層Ni酸化物薄膜においてゼロ抵抗を観測することに成功したことを報告しています。強相関電子系における超伝導理論の理解の一助となる本研究ですが、その後に行われた複数の中国グループによる追試により、バルク結晶、または薄膜成長雰囲気を制御して作成したサンプルでは超伝導が再現しないことが報告されています。米国の地力、そして中国の研究の勢いを感じる展開です。

夏休みはロンドン。お盆だけあって航空券が10万円くらい普通より高かった(泣)。でもどこも観どころたくさんで素敵な街でした。特にオックスフォード、あれは良い。。。今度はスコットランドとかアイルランドとかの方まで行ってみたいな。ウィスキー飲みたい。

9月 ~プランク定数とエビスビール~

High Precision Determination of the Planck Constant by Modern Photoemission Spectroscopy
(最新の光電子分光によるプランク定数の高精度な決定)
https://arxiv.org/abs/1909.06286
図9、各種測定方法によるプランク定数の見積もり
9月、光電子分光といえば物質のバンド構造を測定する強力な手段、という認識でしたが、この論文では物理の基礎定数の一つであるプランク定数を直接決定する手段として使用できることを報告しています。物事ってのは色んな方向から観ないといけないんだなぁという思いを新たにしました。
9月はエビスビール記念館を訪問しました。プロの入れるビールをみんなで飲むと、一人で飲むより断然美味しいですね。

10月 ~マジックアングル・ウラジオストク~

Magic continuum in twisted bilayer WSe2
(捻り二層WSe2における魔法連続体)
https://arxiv.org/abs/1910.12147
図10、マジックアングルWSe2の相図
10月、年の瀬も近づいてきました。昨年、学界を騒然とさせたマジックアングルグラフェンですが、今年も様々な論文が報告されました。この論文ではマジックアングルの概念をグラフェンだけではなく層状遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)に拡張し、マジックアングルWSe2の実現に成功しています。理論的に予想された現象がすぐに実験で検証される…競争の激しい分野では進歩も早いですが、一部のグループでしか追試ができず全体の盛り上がりはイマイチになってしまうかもなぁ、と思ったりしました。

10月はウラジオストク。成田から2時間半と聞きコレは行くしか無いと決意。かにかにビールかにウォッカ、という感じで最高でした。ただし噴水広場の鳩野郎、ヤツだけは許さねぇ。。。

11月 ~量子液晶と紅葉~

Electron-driven C2-symmetric Dirac semimetal uncovered in Ca3Ru2O7
(Ca3Ru2O7における電子相関由来C2対称ディラック半金属状態の発見)
https://arxiv.org/abs/1911.12163
図11、ネルンスト効果で異常が生じる温度でバンド構造の変化が生じている。

11月、そろそろ師匠も走り出しそうですが、まだまだ発見は続きます。この論文ではCa3Ru2O7において結晶の4回回転対称性(C4対称性)が、電子相関由来の謎の相転移により破れC2対称性が実現することをARPESにより観測したことを報告しています。今年はこの論文に限らず結晶の対称性を電子系が破る、いわゆる量子液晶(ネマティック)状態に関する報告が相次ぎました。量子液晶が強相関電子系特有の現象なのか?そしてその起源は?今後の研究でそれらが明らかになると面白いですね。
紅葉を観に行こうよう(ドッ)。。。奈良と京都に紅葉狩りに行ってきました。京都の観光客の数はすごかったです。禅の心はどこに行ったのか。とはいえ、どこも美しい光景が広がっていたので満足です。

12月 ~一年の終わり、そして来年のはじまり~

12月、今年も終わりです。ですが、この記事が公開される頃には、まだ2週間前も12月は残っています。
つまりそれだけ新たな論文や出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いや出会いやの可能性が残されています。
可能性っていいですよね。選択の余地が残っているということ、そして何も選ばないということ。
残り少ない2019年を大事に過ごしながら、来年もいろんな可能性にチャレンジしていきたいなと思います。

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