あくまで悪魔ですから~ルテネイト酸化物で観測されたパインズのデーモン~

 【イントロ】

博士「遘√?謔ェ鬲斐〒縺吶?ゅョ繝シ繝「繝ウ髢」荳九〒縺吶?」

学生「博士、どうしましたか?暑さで脳が焼き切れましたか?」

博士「莉穂コ九↑繧薙※繧ゅ≧雖鯉シ∝?驛ィ謚輔£蜃コ縺励※Vacation縺ォ縺ァ縺九¢縺溘>縺ョ??シ?シ」

学生「うーん、悪魔にでも取り憑かれましたかね・・・喝ッ!!!🤚🤯」

博士「はっ!儂は一体何を。。。」

学生「良かった。いつもの博士に戻ったみたいですね。寺生まれの経歴が活きました」

博士「助かったぞい・・・論文を読んでいたら悪魔に憑依されてしまったようじゃ」

学生「読むと悪魔になる論文?興味ありますね。」

博士「怖いもの知らずじゃのう。では、最近、固体物性業界を騒がせる論文、イリノイ大アルバーナ校のA.A.Husain博士等による

Husain, A.A., Huang, E.W., Mitrano, M. et al. Pines’ demon observed as a 3D acoustic plasmon in Sr2RuO4. Nature (2023). 

を読んでみるとしようかのう」

学生「パインズの悪魔・・・イカれたタイトルですね」



【内容の前に】

博士「ふむ、では中身を」

学生「その前に、Author Contributionを見ていきましょう」

博士「渋いのぉ。コントリビューションは以下の通りじゃ。

  • 実験の考案:AAH(イリノイ大)、MM(ハーバード大)、PA(イリノイ大)
  • M-EELSの実施:AAH(イリノイ大)、MM(ハーバード大)
  • M-EELSのサポート:SIR(イリノイ大)、MSR(イリノイ大)
  • STEM-EELSの実施:HY(ラトガース大)、PEB(ラトガース大)、AAH(イリノイ大)
  • データ解析:AAH(イリノイ大)
  • データ解析のサポート:MM(ハーバード大)、BU(オクラホマ大)、TCC(イリノイ大)、PA(イリノイ大)
  • サンプル提供:CS(インド工科大学、京大)、YM(京大)
  • RPA計算:EWH(イリノイ大)、PWP(オクラホマ大)、BU(オクラホマ大)
  • M-EELS総和則と中性性テストの導出:XG(オクラホマ大)、PA(イリノイ大)
  • 論文の執筆:AAH(イリノイ大)、EWH(オクラホマ大)、PWP(オクラホマ大)、PA(イリノイ大)
こうしてみると、イリノイ大が主体となって実施された研究ということがわかるのう。しかし、どうしてAuthor Contributionからチェックしたんじゃ?」

学生「偶にいるじゃないですか、1st著者なのに実は論文書いてないとか。そういうの見つかると面白いなと思って」

博士「良い性格しとるのぉ」

学生「よく言われます…///」

博士「トゥンク」

【パインズの悪魔とは】

学生「そもそもプラズモンってなんですか?」

博士「知らんのか?」

学生「アカハラですか?」

博士「プラズモンというのは、金属中の電子密度の振動モードのことで、1952年にPinesとBohmが予言した現象なんじゃ。最初に発見された電子の集団励起、素励起の例じゃな。」

学生「ランダウが「ゼロ音波」とよんだ現象ですね。」

博士「詳しいのぉ。そのとおり、一種の音波なのじゃが、通常の音波と違い、プラズモンはクーロン相互作用に打ち勝って励起させる必要があるために分散関係にギャップが存在するのじゃ。」

プラズモンの分散関係(JEOLホームページ

学生「通常の音波では、振動数ωと波数qが比例しますね」

博士「うむ。そんな中、1956年にPinesが新しいタイプのプラズモンの存在を予言したんじゃ。複数キャリアが存在する場合、それぞれのキャリアが逆位相で振動することで、全体として電荷中性な集団励起、すなわち”Distinct Electron MOtioN”、”Demon”が生じるというのじゃ!悪魔が現れたのじゃ!!!」

学生「うわぁ・・・」

博士「なんじゃなんじゃ!かっこいいじゃろ!」

学生「それって結局、半世紀前から研究されてるいわゆる3次元音響プラズモンのことですよね?理論的にはその後も検討が行われてると思いますけど、わざわざDemonて名前で呼ぶ必要あります?Pinesもその論文以降その名称を使ってないみたいだし、単に冗談でつけただけじゃないですか?」

博士「Pinesが冗談で使ったかはわからんじゃろ、本人も死んでおるし死人に口無しじゃ。それに音響プラズモンという表現は現代ではほとんど2次元金属で生じるプラズモンの研究で使われている表現じゃから、3次元金属の場合には違った単語を使って表現したいと思うのは人情じゃろ?」

学生「マーケティングのために、キャッチーな名前をつけたってことですか。それならいいでしょう」

博士「ふぅ。Pinesは乱雑位相近似、RPAを用いた計算からDemonの分散関係をもとめたところω~q、つまり励起にギャップが存在しないことを導出したのじゃ。しかし予言から67年、実験的にこのDemonが3次元金属で観測されることはなかったのじゃ」

学生「なんでですか?怠慢ですか?」

博士「Demonが電荷中性ということがとにかく測定手法を限定させたのじゃ。Demonを観測するにはマルチバンド金属の励起状態をq≠0で観測する必要がある。RIXSで銅酸化物の3次元音響プラズモンが観測されたことがあったが、それはq→0でギャップレスではなかった。また、GaAsでDemonが観測されたと主張されたこともあったが、過渡的現象にとどまっておった。そこで今回採用された手法が運動量分解電子エネルギー損失分光、M-EELSなんじゃ。」

学生「過渡的現象だとしても、報告例があるならすでに観測されてるってことでは...ちなみに、ふつうの電子顕微鏡じゃみえないんですか?エネルギー分解能的には可能じゃないですか?」

博士「鋭いのう。確かにエネルギー分解能的には電子顕微鏡の分解能は10meVを下回っており、原理的には可能じゃ。今回M-EELSでの測定が可能になったのは、平行ビームモードと呼ばれる配置を実現できたことにあるんじゃが、同様の測定を電子顕微鏡で行えれば観測は可能かもしれんな。」

学生「PinesのDemonを観測したと主張したいなら複数の実験で確認すべきことですから、著者達が取り組むべき課題ですね。人任せにしないほうがいいですよ」

博士「レフェリー4か?」

【Sr2RuO4におけるパインズの悪魔の観測】

学生「それで、どんな物質で悪魔が観測されたんですか?」

博士「それがSr2RuO4じゃ。この物質はα、β、γの3つのバンドからなっており、温度40ケルビン以下ではフェルミ液体的に振る舞い、600ケルビン以上では異常金属として振る舞うことが知られておる。」

学生「その物質って、超伝導が」

博士「このうち、βとγバンドの電子の速度が大きく異なり、それがPinesのオリジナル論文での仮定とよく似ておるのじゃな」

学生「3バンドあって似てるって大丈夫ですか?」

博士「物理は近似じゃ。この物質に対してRPAによる計算をおこなったところ、プラズマ周波数ωp=1.6eVにプラズモン励起が存在することを確認したのじゃ。この励起の速度は0.639eV Åでβバンドとγバンドの速度の中間に位置しており、Demonの特徴と一致しておる。また誘電率のq依存性を見ると、電荷中性モードであることも確認できたのじゃ。」

学生「速度の単位、eV Åって笑。アブストだとm/sで書いてるのに、一貫性なくてウケますね。校正してないのかな?」

博士「笑顔が素敵じゃ。部分感受率の計算からも、βバンドとγバンドの電子が逆位相で運動していることも確認し、まさにPinesの予言したDemonであることを見出したのじゃ!」

学生「良かったですね。で実験は?」

博士「ふむ、では実験で実際にDemonが観測された様をみていこうかのう」

【M-EELS実験におけるPinesのDemonの観測】

博士「M-EELSは『高速電子が固体に入射し、物質中の電子および原子核とのクーロン相互作用によってエネルギーを失った非弾性散乱電子は、物質中の電子や原子核に運動量qを与え、自身はエネルギーを失って-q方向に散乱される。このように散乱された非弾性散乱電子を、エネルギー損失量だけでなく、運動量移送qの関数として分光する測定手法』(引用元:JEOLホームページ)なんじゃ。」

学生「コピペ!?プライドはないんですか!?」

博士「プライドでは飯は食えぬ。実験では⊿ω=6meV、⊿q=0.03/Åの高性能な分解能をもつ装置が使われたようじゃ。サンプルであるSr2RuO4は劈開したあと、一酸化炭素ガスで表面処理されバルク物性が観測できるように準備がされたのじゃ」

学生「ARPESとSTMで有効だった表面処理がM-EELSでも有効って確認してない気がしますが大丈夫ですか?特に後者はSr3Ru2O7に対する研究で違う物質ですよね。アナロジーに頼らず1つ1つ実験結果積み重ねたほうが良いですよ。」

博士「ベテランエンジニアか?実際300Kで実験をおこなったところ、1.2eV付近にプラズモンのピークが観測されたんじゃ。ただしピーク幅はRPA計算よりも100倍程度大きいんじゃが、これはSr2RuO4がω=50meV以上では非フェルミ液体的振る舞いをすることを反映していると考えられるのじゃ。RPAは相互作用を無視しておるからの」


学生「妄想じゃなくて、ちゃんと計算で示す気無いんですか」

博士「とはいえ、RPAはDemonの位置を1.6evと予想し、実験では1.2eVだったわけじゃから大体一致しとるわけじゃな。」

学生「0.4eVズレてますよ。エネルギー分解能の70倍ですよ。正気ですか?」

博士「オーダーはあっておる。低エネルギーのフェルミ液体的領域ではq=0のエネルギーギャップは8meV未満であることが見えたんじゃ」

学生「分解能の範囲で有限のギャップあるじゃないですか。Demonはギャップレスじゃなかったんですか?」

博士「まあまあ。分散関係は全体的には線形で、群速度を求めると0.701±0.082eV Å(~1.065x10^6m/s)となっておる。また低波数の部分を見るとω(q)∝q^2となっておる。」

学生「ここでは速度の換算してる・・・一貫性がない・・・」



博士「この励起が電子的であることは、群速度がフォノン、すなわち音速の100倍程度であることからわかる。また、光速近い表面プラズモンの速度よりも3桁ほど小さいことから、表面プラズモンとも違うことがわかる。にも関わらず、その速度はRPAから求めた計算と10%以内の精度で一致しておる。」

学生「表面プラズモンも低波数領域ではギャップレスだから区別つかないのではと言おうと思いましたが、速度がそこまで違うなら否定できそうですね。ピークエネルギーはだいぶ違ったのに、こちらは近いですね」

博士「うむ。また、M-EELSの強度の波数依存性もこの励起が電荷中性モードであることを示唆する結果となっておる。このことから、今回観測されたプラズモンがRPA計算から求めたギャップレス3次元音響プラズモン、すなわちPinesのDemonであることが確認できたのじゃ」

表面プラズモンは低波数(低運動量)領域ではギャップレスだが、表面プラズモン‐ポラリトンの形成により、M-EELSではギャップのある部分しか観測できない。ただし低波数領域のギャップレス部分の速度は光速近くなる。


【まとめと展望】

学生「いや、RPA計算からはω∝qが予言されてたのに、実際にはω∝q^2でDemonのふるまいと違っていませんか???それに、分解能の範囲でエネルギーギャップが無いって言えてなくないですか?」

博士「これは実験の論文じゃ。そういう細かいことは理論家に任せれば良い。乱れ、局所場、エキシトン効果、バーテックス補正、自己エネルギー補正、電子流体力学的効果、そうしたことが影響しておる可能性はあるが、それは将来の課題じゃ。この論文が表に出れば誰か理論家がやってくれるじゃろ」

学生「それもう著者の中にいる理論家を入れてる意味あります?」

博士「RPA計算ができる理論家じゃ」

学生「そんな言い方して大丈夫ですか?」

博士「大丈夫じゃ。査読コメントによると、この論理で査読者を説得しておる。」

学生「ロジックモンスター。。。ちなみに、このDemonって、他の物質でもみれるんですか?」

博士「原理的には可能なはずじゃ。Sr2RuO4ではβバンドが擬1次元的Fermi面であることが、バンド間のキャリア速度の違いを生み出しておる。同様のマルチバンド物質があれば、Demonは現れるはずじゃ」

学生「マテリアルインフォマティクス的手法で候補物質探せば、Scientific Reportsくらいにはなりそうですね。」

博士「もうちょい頑張れんか?」

学生「でも新種の素励起、PinesのDemon、超伝導発現メカニズムにも関連するかもしれないですし、研究のしがいがありますね!」

博士「その意気じゃ!」

学生「よーし!私もDemon討伐の旅にでますね!まずはLK-99から!」

博士「それは悪魔憑きの発想じゃ!」


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