俺が好きな2023年のおもしろかった論文たち

【イントロ】
今年も1年お疲れ様です。
365日、あっという間でしたね。
この1年もたくさんの面白い論文が登場しました。
本記事では、この1年の間にCond-matに掲載された論文のうちから、
著者が興味を持った論文をいくつかの分野別にまとめたいと思います。
備忘録です。

【方法】
過去1年のぶログ記事を読み直してテーマごとに整理しました。
論文の選定基準は著者の琴線です。
多すぎる!

【本文の前に】
2023年1月から12月の間に、Cond-matには約2万本の論文が投稿されたようです(ぶひん調べ)
その中から、本ブログにメモした論文は約2700本。
10%程度の論文が琴線に触れたみたいです。
ちょろい!




【気になった論文たち】

1,トンデモ室温超伝導枠

・LK-99
The First Room-Temperature Ambient-Pressure Superconductor
Superconductor Pb10−xCux(PO4)6O showing levitation at room temperature and atmospheric pressure and mechanism
今年はなんといってもLK-99。世界を興奮と猜疑の嵐に巻き込んだその話題性は、今年ナンバーワンの研究成果と言っても過言ではありません。
実験は正しかった!問題はその解釈よ・・・
浮いてる!コレは本物!



・窒素ドープ水素化ルテチウムのほぼ常圧室温超伝導
RETRACTED ARTICLE: Evidence of near-ambient superconductivity in a N-doped lutetium hydride
もう1つ、今年の顔となる論文といえばこれ。APS発表とNature掲載を同時に行うというドラマチックな演出が行われた本作。あのDias先生の論文だ!ということで発表直後から世界中で追試が行われ、結果として論文撤回に至りました。
次回作に期待です。
いつみてもきれいなゼロ抵抗


・その他
その他にもたくさんのデータの怪しさ満点笑顔も満点という論文がたくさん報告されました。代表例としては
 ‐グラファイトの室温超伝導
 ‐ボロンドープカーボンナノチューブ
 ‐PtBi2表面の100K超え超伝導
 ‐水素化グラファイトの高温超伝導
 ‐金銀ナノ粒子超伝導体の復活
 ‐CSH超伝導体の復活
などなど。超伝導研究の未来は明るい。
来年も人々を笑顔にする研究がたくさんできてほしいものです。

2,高圧下の高温超伝導

・ダイヤモンドNV中心磁力計を用いたマイスナー効果とゼロ抵抗の同時観測
Imaging the Meissner effect and flux trapping in a hydride superconductor at megabar pressures using a nanoscale quantum sensor
某研究室の連続論文撤回で、疑惑の目が向けられがちな高圧下の水素化物超伝導ですが、着実に研究が進んでいます。特に今年は、ダイヤモンドNV中心磁力計を用いた高圧下でのマイスナー効果とゼロ抵抗を測定するという離れ業が実現された年でもありました。これまではゼロ抵抗のみや、交流磁化率のみが測定されていましたが、新しいテクノロジーにより、水素化物の高温超伝導の可能性がまた一段と確証に近づいた形になります。
来年こそはもっと低圧で室温超伝導になる物質が見つかるといいですね。
これでどうだ!Hirsch師!
・その他
まともな高圧下の超伝導は日々進歩している!
 ‐スカンジウムの高圧下30K級超伝導

3,銅酸化物超伝導

・CuO2面のない1次元構造をもつ銅酸化物SrxCa1−xCuO2の高温超伝導
Superconductivity in single crystals of a quasi-one dimensional infinite chain cuprate SrxCa1−xCuO2 at 90 K
元祖高温超伝導体として、今でも凝縮物性物理への理解を深める題材となっている銅酸化物超伝導体ですが、今年も色々発見がありました。その中でも特に印象が強かったのがコレ。銅酸化物は、CuO2面の二次元電子系を基本として高温超伝導が発現しているとながらく考えられてきました。そこに登場したのが、CuO2面を持たないのにTc=90Kを示す新しい銅酸化物SrxCa1−xCuO2です。この物質は1992年にAzumaらがTc=110Kをもつ無限層銅酸化物としてNatureに報告した物質ですが、著者たちはこの物質の結晶構造同定に問題があると考え、再度結晶構造解析と磁化率、電気抵抗測定を行い、この物質がCu-O-Cu-O鎖をもつ新しいタイプの銅酸化物超伝導だと主張しています。
もし本当だったら面白いですよね。
面白結晶構造

・YBCOの擬ギャップ相のスキルミオン観測
Topological spin texture in the pseudogap phase of a high-Tc superconductor
擬ギャップにスキルミオンがいるってローレンツTEMで観測したNature論文。
時代はスキルミオン。銅酸化物はスキルミオンの軍門に下りました。
いやこれすごくない?脅威の結果なのにあまり話題になって無い気がする。
どういうことだ???
なんなんだこれは・・・

・ミュラー先生追悼
K. Alex Müller and his important role in ferroelectricity
銅酸化物超伝導の発見者の一人ミュラー先生が亡くなりました。たくさんの追悼論文もでていました。合掌。
ただし、やり放題の逸話はおもしろい。

・その他
銅酸化物は他にも革新的な結果がたくさん登場しました。
 ‐STMによるBi2212の酸素軌道の軌道秩序の観測
 ‐電子系銅酸化物の常伝導状態に見られるギャップ形成とゴッサムフェルミ面の観測
 ‐熱輸送でみるとYBCOの擬ギャップ相にネマティック性はない
 ‐オーバードープ領域の強磁性ゆらぎの観測
 ‐YBCOのSe置換試料の合成
 ‐YBCOのレーザーARPESによるs+id波超伝導の観測
来年も相図が更に複雑になること期待です。

4,鉄系超伝導

・トンネルアンドレーエフ反射分光によるFeSeの符号反転超伝導ギャップの観測
Atomic scale imaging of sign-changing order parameter in superconducting FeSe with Tunneling Andreev Reflection
超伝導界の論争の一つ、鉄系超伝導の超伝導ギャップの対称性問題ですが、今年も一つの面白い結果が報告されました。米国オークリッジ国立研は、走査型トンネル顕微鏡を用いたアンドレーエフ反射測定、すなわちトンネルアンドレーエフ反射分光法により、FeSeの超伝導が符号反転を伴う超伝導ギャップ対称性を持つことを示しました。この手法で他の鉄系、または非従来型超伝導体の超伝導対称性に新たな制限がつくとよいですね。


・時間反転対称性の破れた鉄系超伝導における走査型SQUIDによる分数化量子渦の観測
Observation of superconducting vortices carrying a temperature-dependent fraction of the flux quantum
鉄系超伝導体の一つ(Ba,K)Fe2As2はオーバードープ側の一部の組成領域で時間反転対称性の破れた超伝導状態が破れていることが示唆されています。この組成において走査型SQUIDによるボルテックス(量子渦)の観測を行うと何が見える化?
ボルテックスは整数で量子化してる?残念!なんと!分数化量子化した量子渦が見えるということを報告した論文です。鉄系の面白物性にまた一つ新たな1ページが刻まれました。


・その他
他にもいくらでもありますが、特に面白かったのは以下の通り。
 ‐鉄系1144系のPDWの観測
 ‐FeSe/STO系における、CDW誘起PDWの観測
 ‐Fe(Se,Te)の時間反転対称性の破れの起源は表面強磁性
 ‐低温導電性原子間力顕微鏡によるFe(Se,Te)の不均一絶縁性マトリクスの発見
 ‐FeSeの欠陥誘起局所CDWの発見
 ‐超高性能熱膨張計を用いたBaFe2As2の磁気転移のヒステリシスの発見
 ‐パルス歪み場を利用したNMRによるネマティック感受率測定法

5,ニッケル系高温超伝導

・La3Ni2O7における高圧下の80K級高温超伝導
Superconductivity near 80 Kelvin in single crystals of La3Ni2O7 under pressure
Evidence of filamentary superconductivity in pressurized La3Ni2O7 single crystals
Unconventional crystal structure of the high-pressure superconductor La3Ni2O7
今年、凝縮物性系をまっとうに驚かせた現象の1つが、La3Ni2O7における80K級高温超伝導の発見でしょう。圧力が必要になるものの、銅酸化物高温超伝導に次ぐ高温超伝導の発見は、そのメカニズム解明に向けて大いに役に立ってくれることでしょう。一方で、その結晶構造が当初予想されていた酸化ニッケルの二層構造ではなく、一層‐三層交互積層の可能性や、その超伝導体積分率が1%以下であり、超伝導を出している組成・結晶構造は再検討が必要なのではないか?といった研究報告も出ており、まっとうにその起源が明らかになって欲しいものです。
ゼロ・・・ゼロ抵抗?


・二次元コヒーレントテラヘルツ波分光を用いた薄膜ニッケル酸化物超伝導におけるd波超伝導の観測
Evidence for highly damped Higgs mode in infinite-layer nickelates
Low-energy electrodynamics of infinite-layer nickelates: evidence for d-wave superconductivity in the dirty limit
ニッケル酸化物超伝導業界の元祖、薄膜ニッケル酸化物超伝導のギャップ対称性について大きな進展がありました。未だにARPESによるギャップ構造の直接観測には至っていませんが、テラヘルツ波分光を用いてヒッグスモードの観測を行うことにより、その対称性がd波対称性であることが報告されました。すごい。やっぱり光学分光測定しか勝たん。
銅酸化物との類似性と相違点をさらに明確にすることで新しい超伝導メカニズムの解明につながることが期待されます。
来年こそARPESや!!!


・その他
ニッケル酸化物超伝導でも他にも色々面白い発見がありました。
 ‐薄膜ニッケル酸化物超伝導体におけるネマティック液晶状態の発見
 ‐ニッケル酸化物にCDWが存在しないことの観測
 ‐高圧ニッケル酸化物超伝導体における非フェルミ液体的輸送特性の観測
 ‐薄膜ニッケル酸化物におけるボルテックス液体状態の発見

6,重い電子系/強相関電子系超伝導

・UTe2の超高純度単結晶試料の合成、そしてTRSBと複数成分超伝導はなさそう
Enhanced triplet superconductivity in next generation ultraclean UTe2
Single-Component Superconductivity in UTe2 at Ambient Pressure
Absence of Spontaneous Magnetic Fields Due to Time-Reversal Symmetry Breaking in Bulk Superconducting UTe2
試料の高純度化って大切ですよね。単純金属ですら高純度化すると物性変わりますから。
そんな中今年は、重い電子系超伝導の人気者、UTe2の高純度単結晶が実現しました。なんとRRRは900!すごい!年収か?
そんな高純度試料で測定すると、これまでの測定結果も変わってきます。例えば、超伝導状態で起きていたTRSBが見えなくなったり、複数の超伝導転移が共存しているかと思ったらそうでなかったり…
クソサンプルのクソ結果をオシャレ解釈でデコレーションすることでハイインパクトな結果を出す方が有利に働く業界にはなってほしくは無いものです。
もはや別物


・Sr2RuO4のギャップ構造は垂直ノードか水平ノードか?
Evidence for vertical line nodes in Sr2RuO4 from nonlocal electrodynamics
Superconducting Penetration Depth Through a Van Hove Singularity: Sr2RuO4 Under Uniaxial Stress
Sr2RuO4がp波超伝導であることを示唆する初期のNMRの結果は死にましたが、その超伝導対称性の謎は解決されていません。走査型SQUID顕微鏡と歪に対する磁場侵入長の応答を調べたこれらの研究からは、その超伝導ギャップ構造に垂直型の超伝導ギャップノードが存在することが報告されました。これは、以前東大のグループが報告した水平ノード構造とは不一致なものとなっています。新たな論争の火種が生じましたが、今後も目を離せない物質です。
たしかにだいぶ違うな。。。
・その他
強相関電子系はいつも面白い。次の新発見にもワクワク
 ‐UTe2のジョセフソン接合における奇パリティ超伝導の観測
 ‐ゼロ磁場で超伝導を示さないUTe2試料の高磁場中超伝導の発見
 ‐異常金属YbRh2Si2の極低温におけるショット雑音の抑制
 ‐CeCoIn5におけるSub-lattice分解能の超伝導準粒子干渉効果の観測

7,ARPES(角度分解光電子分光法)

・磁場中ARPESの実現
magnetoARPES: Angle Resolved Photoemission Spectroscopy with Magnetic Field Control
Angle-resolved photoemission spectroscopy with an in situ tunable magnetic field
名前の通り、まさかの磁場中ARPESの実現です。
物質に光を当てて、出てきた光電子を観測することで物質中のバンド構造を直接観測することが可能なARPES。その測定方法から磁場中での測定は困難とされてきましたが、今年ついに実現するグループが2つも出てきました。印加した磁場は5mTと決して大きくはないですが、これは人類にとって大きな磁場です。今後の研究の進展に期待です。

・ARPESによる超伝導ギャップ位相の決定
ARPES Detection of Superconducting Gap Sign in Unconventional Superconductors
名前の通り、まさかの超伝導ギャップ位相のARPESによる決定です。
「2つのバンドが運動量空間において近接し、バンド間の相互作用が強い場合、超伝導状態における電子構造は、ARPES測定によって捕らえることができる2つのバンド間の相対的なギャップ符号に敏感に反応する」という理論を、銅酸化物超伝導体Bi2212のd波超伝導状態において実験的に実証したものになります。これまで超伝導ギャップの位相は、磁場中STMやジョセフソン接合などの手段が必要とされてきましたが、その常識を覆す大きな一歩となります。またARPESが最強の測定手段に近づきました。

・その他
他にも革新的な測定として以下が興味深いものでした
 ‐位置分解能1umのレーザーARPESの実現
 ‐Ca2RuO4の電流印加ARPESの実現

8,メゾスコピック系

・ショット雑音STMによる渦糸周りの準粒子励起の可視化
Visualizing delocalized quasiparticles in the vortex state of NbSe2
第二種超伝導体に磁場をかけると、渦糸状態と呼ばれる磁場が侵入し超伝導が壊れた部分が生じます。この状態に対して、STMを利用したショット雑音測定を行うことで、渦糸中心ではクーパー対が壊れた1eの準粒子が、そして中心間の渦糸のない部分では2eのクーパー対が存在することを可視化することにこの研究は成功しています。
すごいぞSTM!


・4電子クーパー対流の観測
Charge-4e supercurrent in an InAs-Al superconductor-semiconductor heterostructure
From nonreciprocal to charge-4e supercurrents in Ge-based Josephson devices with tunable harmonic content
クーパー対といえば2つの電子が実行的引力で1つの準粒子として振る舞う状態です。となると、もっとたくさんの電子が絡み合ったえっち、じゃなかった面白い状態はあるのでしょうか?そうです、あります。これらの研究では、InAs-Al超伝導‐半導体ヘテロ構造やSiGe/Ge/SiGeヘテロ構造中SQUID構造に於いて、4電子からなる超伝導流の観測に成功しています。
おもしろい!
心の目でセーフ


・ジョセフソン接合系における散逸量子相転移はあるのかないのか、どっちなんだい!
Observation of the Schmid-Bulgadaev dissipative quantum phase transition
Absence of a dissipative quantum phase transition in Josephson junctions: Theory
凝縮物性系の論争の1つに、「ジョセフソン接合系に散逸量子相転移は存在するか?」という問題があります。SchmidとBulgadaevがおよそ40年前に予言したこの現象は、相矛盾する実験結果と理論を生み出してきましたが、米国‐スイス‐イスラエルのグループによるこの論文では、ついに予言されていた絶縁体‐超伝導量子相転移を実験的に観測し、論争に終止符を打つと宣言しています。力強いですね。
一方で、フランスのグループは、2020年に報告された「ジョセフソン接合系に散逸量子相転移は存在しない」という実験結果をサポートする理論を報告しています。彼らは上記実験結果について、量子相転移にともなう臨界現象を観測していない不十分な結果とみなしています。
熱い議論で物理が進んでいますね。決定的な決着方法が議論することが望まれます。

・その他
メゾスコピック系は面白さの塊、デバイス技術も目を瞠るものばかりです
 ‐超高移動度二次元ホール系における偶数分母量子ホール効果の観測
 ‐カイラル超伝導流の観測
 ‐光電流雑音測定理論
 ‐GaAsのキャパシタンスの量子振動の発見
 ‐メゾスコピック超伝導系のショット雑音は1eとなる
 ‐マヨラナ励起のスモーキングガンという主張論文に煙は出てない
 ‐量子化電流バイアスジョセフソン接合のボソン/フェルミオン的振る舞い

9,量子スピン液体

・三次元S=1/2超ハイパーカゴメ量子磁性体PbCuTe2O6のスピノン熱伝導度
Spinon heat transport in the three-dimensional quantum magnet PbCuTe2O6
量子スピン液体における論争の一つ「量子スピン液体は熱を運ぶのか?」という論争に新たなキャラクターが登場しました。三次元S=1/2超ハイパーカゴメ量子磁性体PbCuTe2O6です。この物質は久しぶりに登場した「ゼロ温度で有限熱伝導度をもつ絶縁体の量子スピン液体」候補です。これまでの候補たちは、複数グループでの追試が上手くいかずどの物質も論争の的となっていました。特に有機物量子スピン液体の熱伝導に関しては、日本物理学会でシンポジウムが開催され、熱い議論が交わされるほどホットなトピックとなっています。
果たしてこの物質の量子スピン液体的熱伝導の再現性とれるのか、今から楽しみです。

・その他
量子スピン液体は他にも興味深い結果がたくさん!
 ‐量子スピン液体候補ハーバートスミス石のゼロ熱伝導度の観測
 ‐α‐RuCl3における分数励起状態の超音波測定
 ‐α‐RuCl3の角度回転比熱及び熱ホール効果測定によるマヨラナフェルミオン的励起の実証
 ‐α‐RuCl3の超強磁場中の量子スピン液体状態の発見
 ‐α‐RuCl3の熱伝導の磁場中振動の解釈
 ‐α‐RuCl3のラマン分光法による量子スピン液体的振る舞いの観測
 ‐α‐RuCl3の量子化熱ホール効果のサンプル依存性

10,熱ホール効果

・熱ホール効果の解析手法への問題提起
Symmetry-based requirement for the measurement of electrical and thermal Hall conductivity under an in-plane magnetic field
熱ホール効果は量子スピン液体をはじめ、銅酸化物や黒リンなど幅広い物質でみられる磁場中熱輸送現象です。最近では多くのグループで測定が行われはじめた測定手法ですが、その解析手法には注意が必要であることを指摘したのがこの論文です。
特に定量的な主張をする場合には実験手法だけでなく、解析手法の妥当性も検証する必要があるため、大切ですね。
・その他
熱ホール効果はますますたくさんの報告がなされてますね。
 ‐キタエフ磁性体Na2Co2TeO6の熱ホール効果の観測
 ‐TmVo4における不純物誘起熱ホール効果の観測
 ‐Sr2IrO4の不純物誘起熱ホール効果の観測
 ‐銅酸化物における平面熱ホール効果の観測
 ‐マルチフェロイクスYMnO3の熱ホール効果の観測
 ‐黒リンの超巨大熱ホール効果の観測
 ‐ファンデルワールス三角格子磁性体FeCl2の熱ホール効果の観測
 ‐MnSc2S4の反強磁性スキルミオン格子相における創発SU(3)マグノンの熱ホール効果による観測
 ‐偶数分母量子ホール系におけるトポロジカル熱ホールコンダクタンスの観測

11,トポロジカルカゴメ物質

・トポロジカルカゴメ超伝導体RV3Sb5における歪由来物性
Correlated order at the tipping point in the kagome metal CsV3Sb5
今年の問題作。RV3Sb5は時間反転対称性の破れやネマティック液晶状態の実現について、異なるグループの間で結果が一致していないという問題がありました。この問題に対して、マックス・プランク研究所を中心とするグループは「サンプルを固定する際に生じる歪が電子状態を大きく変える」という事実を明確にしました。歪のない物質では時間反転対称性の破れも電子系の異方性も生じないというのです。
歪というのは普段は意識しませんが、物性に大きく影響を与えることを再認識させてくれる論文でした。


・その他
トポカゴメ物質の流行も続いていますね。まだまだ面白物性の発見が続きそうです。
 ‐RV3Sb5における磁気光学カー効果測定のサンプル間の不一致
 ‐RV3Sb5におけるCDW転移温度以上における奇パリティネマティック応答の観測
 ‐RV3Sb5における超伝導相の回転対称性の破れ
 ‐RV3Sb5におけるカイラル超伝導状態の発見
 ‐RV3Sb5におけるネマティック液晶状態の鉄系超伝導体との違い
 ‐クロム化合物カゴメ物質CsCr3Sb5における超伝導の発見
 ‐新しいトポロジカルカゴメ物質、RTi3Bi4系の発見
 ‐FeGeの長距離CDWの発見
 ‐FeGeのCDW状態のアニール敏感性

12,量子磁性

・近藤雲の凝縮
Observation of Kondo condensation in a degenerately doped silicon metal
この研究では、Pをドープしたシリコンに生じる近藤効果を深掘りし、100mK以下の極低温において近藤雲の重なりによる近藤雲凝縮が生じることを発見している。この現象は磁気現象におけるBCS対凝縮の実現ともいえます。っぱシリコンてすげえわ。


・SmB6の不純物誘起金属状態の発見
Visualizing the atomic-scale origin of metallic behavior in Kondo insulators
凝縮物性系の論争の1つ、「近藤絶縁体SmB6の量子振動の起源はなにか?」という問題に対して、新しい知見が得られました。SmB6は磁化測定で量子振動が観測されるものの、電気抵抗では観測されておらずその量子振動の起源について議論が続いています。この研究では、STMによる観測により、SmB6の不純物周りに金属状態が発現していることを明らかにしています。
この結果を踏まえると、「不純物を含まないより高純度な結晶が作成可能なFZ法で作成したSmB6で量子振動が見えるのだから不純物起源ではなく内因性の量子振動だ」という主張に対して「FZ法で作ったほうが欠陥が増えるという報告があるのだから、欠陥周りの金属状態が量子振動の起源ではないか」という議論を引き起こすものとなっています。
熱い論争が続きそうです。


・その他
量子磁性は凝縮物性の花形。物性業界の週刊少年ジャンプといった感じです。
 ‐マグノンBECにおけるスピンネマティック相の発見
 ‐近藤効果とは異なるスピナロン状態の発見
 ‐量子磁性体SrCu2(BO3)2における非閉じ込め量子臨界点の消失
 ‐量子スピンアイスに生じる創発宇宙の実現
 ‐イリジウム酸化物のスピンネマティック液晶状態の観測
 ‐Co1/3TaS2における四面体トリプルQ磁気秩序の発見
 ‐電子核量子臨界性の観測

13,交代磁性

・交代磁性体MnTeにおける超巨大ギャップの観測
Broken Kramers' degeneracy in altermagnetic MnTe
Observation of Giant Band Splitting in Altermagnetic MnTe
Altermagnetic lifting of Kramers spin degeneracy
最近、新しい磁気秩序状態としてにわかに注目を集めている交代磁性体。その候補物質の一つであるMnTeのARPESを報告したのがこれらの論文です。
ギャップがでかい!
まだまだ研究の始まったばかりの交代磁性体、次なる発見に期待です。


・その他
交代磁性やそれに関する研究はいまのところ理論先行の印象です。
来年は実験が続々と登場してくれるでしょう!
 ‐交代磁性軌道チャーン絶縁体の提案
 ‐スーパーセル交代磁性体の提案
 ‐交代誘電体の提案
 ‐軌道秩序誘起交代磁性の提案
 ‐交代磁性体RuO2の時間反転対称性の破れの観測

14,非相反伝導

・超伝導位相差に対するアンドレーエフ束縛状態の非相反応答
Phase Asymmetry of Andreev Spectra From Cooper-Pair Momentum
一つのブームとなった非相反伝導効果は様々な物質において観測されています。そのような現象の中でも興味深いのが、この論文です。超伝導位相差に対する非相反伝導という新たなジョセフソンダイオード効果の発見です。

・その他
非相反伝導、まだまだ面白現象が生まれそうですね。半導体を脅かす存在は出てくるか?
 ‐NbPの巨大非相反伝導の観測
 ‐二次元電子系における非相反伝導の観測
 ‐非線形光学的ダイオード効果の観測
 ‐量子ホール系における非相反伝導の観測
 ‐ルテネイト薄膜における非相反伝導の観測

15,誘電体/マルチフェロイクス

・強誘電ドメインウォールの非破壊観測
Non-destructive tomographic nanoscale imaging of ferroelectric domain walls
ものの中身を見るためにはものを壊さないといけませんが、それだとサンプルが壊れて繰り返し測定ができなくなっちゃいますよね。この研究では、走査型電子顕微鏡を用いて、非破壊で強誘電体の内部(表面から数百ナノメートル)の強誘電ドメインウォールを可視化することに成功しています。
測定手法の進化は新しい物理につながる。未来の新しい発見に期待です。


・その他
強誘電体は磁性や超伝導の影に隠れがちですが面白物性の宝庫ですね
 ‐捻り積層BaTiO3における強誘電ボルテックス格子の観測
 ‐量子強誘電性に伴う電子ラチェット効果の発見
 ‐原子電子トモグラフィによるBaTiO3ナノ粒子のトポロジカル強誘電極性構造の可視化
 ‐一軸性強誘電体 Pb5Ge3O11 における反強誘電性ドメイン壁の発見
 ‐反強磁性体FeSn2における創発電場由来の巨大電流非線形応答の観測

16,遷移金属ダイカルコゲナイド/グラフェン

・分数量子異常ホール効果の発見
Signatures of Fractional Quantum Anomalous Hall States in Twisted MoTe2 Bilayer
Fractional Quantum Anomalous Hall Effect in a Graphene Moire Superlattice
Observation of Fractionally Quantized Anomalous Hall Effect
捻り積層TMDは豊富すぎる物性の宝庫で、今年もたくさんの新現象が発見されました。その中でも最も興味深いのが捻りMoTe2や積層グラフェンにおける分数量子異常ホール効果の発見です。ゼロ磁場で量子ホール効果が生じる量子異常ホール効果は知られていましたが、その進化版という趣です。様々な理論も提案され新たなホットなテーマとなっています。

・量子振動の実空間可視化
Imaging de Haas-van Alphen quantum oscillations and milli-Tesla pseudomagnetic fields
de Haas-van Alphen spectroscopy and fractional quantization of magnetic-breakdown orbits in moiré graphene
量子振動といえば、バルクの電子状態を測定する代名詞という手段でしたが、測定手法の進化は続きます。この研究では走査型SQUID顕微鏡を用いて、モアレグラフェンにおける量子振動の場所依存性を測定するという離れ業を実現しています。この手法でSmB6も測定してみてほしいですね。
・その他
面白現象が多すぎる。
 ‐分数・整数量子ホール効果の観測
 ‐高温量子異常ホール効果の観測
 ‐分数量子ホール状態のSTM
 ‐モアレ物質における波動関数の可視化
 ‐カゴメ量子振動の発見
 ‐第ゼロランダウ準位のバレー分極の可視化
 ‐モアレポーラロニック電子結晶の観測
 ‐分数チャーン絶縁体の観測
 ‐二次モアレ超格子の実現
 ‐第一音波の観測
 ‐軌道マルチフェロイク状態の観測
 ‐積層依存強弱トポロジカル状態の実現
 ‐グラフェンの自発的電気分極の観測
 ‐電子エマルジョン相の観測
 ‐SU(4)ハバード模型の実現
 ‐磁場誘起ウィグナー結晶の観測
 ‐6粒子複合状態ヘキシトンの観測
 ‐人工原子におけるウィグナー分子状態の観測
 ‐MoTe2におけるスメクティックCDWとPDWの発見

17,トポロジカル物性

・量子計量誘起非線形ホール効果の観測
Quantum metric induced nonlinear anomalous Hall effect and nonreciprocal longitudinal response in a topological antiferromagnet
量子幾何が物性の中心概念になって久しいです。量子幾何には2つの部分があり、それが実部の量子計量と虚部のベリー曲率です。ベリー曲率は量子ホール効果を中心に様々な物性に現れることが精力的に研究されていますが、量子計量についての研究は、それと比較して控えめです。この研究では、MnBi2Te4/黒リンの界面に由来する量子計量が誘起する非線形ホール効果を実証しています。
量子幾何、ますますホットな話題になりそうですね
・その他
あらゆるものがトポロジカル。トポロジカルにはすべての物性はトポロジカル。
 ‐量子計量誘起絶縁体キャパシタンスの観測
 ‐1.3nmスキルミオンの観測
 ‐ホログラフィックベクトル場電子トモグラフィーによる3次元スキルミオンの観測
 ‐スキルミオンバブル誘起磁気抵抗の観測
 ‐スキルミオン‐超伝導ボルテックス結合状態の観測
 ‐f電子系の量子スキルミオンホール効果の観測
 ‐メロンとスキルミオンの共存の観測
 ‐実空間と逆格子空間トポロジカルの共存の観測
 ‐超巨大トポロジカルホール効果の観測
 ‐理想的弱トポロジカル絶縁体の発見
 ‐Bi4Br4の中赤外吸収顕微分光法とポンププローブ顕微分光法によるエッジ状態の観測
 ‐Bi4Br4が弱いトポロジカル絶縁体候補の中で最大のギャップサイズを持つことの発見
 ‐Bi4Br4の位置分解スピン分解ARPESによるエッジ状態の観測
 ‐Bi4Br4のSTMによるエッジ状態の観測
 ‐ビスマスが強いトポロジカル絶縁体/高次トポロジカル絶縁体であることの発見
 ‐半磁性トポロジカル絶縁体ヘテロ構造の実現
 ‐NdBiにおける磁気ドメイン分解ARPESの実現
 ‐CoM3S6における自発的トポロジカルホール効果の発見

18,多極子/オービトロニクス/ネマティック液晶

・PrV2Al20における磁気八極子感受率の測定
Measurement of the magnetic octupole susceptibility of PrV2Al20
磁性八極子は、中心対称性を持つ物質系の秩序パラメータとして、よく観測される磁気双極子の次のオーダーの秩序です。しかし、この多極子は実験的にはとらえどころがないと考えられていました。この研究では、磁場とせん断ひずみを組み合わせ、断熱的弾性熱効果測定を用いることで磁性八極子感受率の測定に成功しています。天才的なアイデアですね。
多極子物性物理の今後の展開に期待です。
・その他
来年はオービトロニクスが爆発してほしいですね
 ‐軌道角運動量流の時間分解測定
 ‐軌道角運動量モノポールの観測
 ‐逆軌道ホール効果の観測
 ‐軌道ポンピング現象の観測
 ‐TmVO4の強四重極子秩序状態の観測
 ‐TmAg2のネマティック応答の観測

19,冷却原子

・ペアゆらぎ由来の擬ギャップの観測
Observation and quantification of pseudogap in unitary Fermi gases
強相関電子系といえば擬ギャップともいえる近頃ですが、擬ギャップの起源については、「それどの擬ギャップ?」という感じで議論は尽きません。だって固体中で複雑ですから。そんな中、相互作用を自由に操れる系として冷却原子があります。この研究では、リチウム6の冷却原子に対して、運動量分解マイクロ波分光を行うことで、超流動転移の前駆現象としてのペアゆらぎ由来の擬ギャップの観測に成功しています。
おもしろい!冷却原子の擬ギャップで量子ネマティック液晶状態は実現できるのかが気になるところです。


・その他
なんでも物性だせますマシンとして、捻り積層TMDと双璧をなすのが、冷却原子系。面白物性の発見が沢山です。
 ‐3成分フェルミオンガスの実現
 ‐BECを用いた機械学習の実現
 ‐トポロジカルθ角度の観測
 ‐運動量状態格子の実現
 ‐長岡ポーラロンの観測
 ‐有限エネルギー相転移の観測
 ‐重力波とスピン液晶状態のアナロジーの実証
 ‐散逸時間結晶の実現
 ‐双極子分子BECの実現
 ‐XY模型におけるカイラルドメインの観測
 ‐ストロンチウム量子ガス顕微鏡の実現
 ‐情報幾何とBECの関係
 ‐BEC中の創発スピンエマルジョン相の観測

20,理論

・スピン空間群分類
Spin Space Group Theory and Unconventional Magnons in Collinear Magnets
The Spin Point Groups and their Representations
Symmetry Analysis with Spin Crystallographic Groups: Disentangling Spin-Orbit-Free Effects in Emergent Electromagnetism
Enumeration and representation of spin space groups
Enumeration of spin-space groups: Towards a complete description of symmetries of magnetic orders
Spin Space Groups: Full Classification and Applications
結晶構造の対称性が230個の空間群で分類できることはよく知られています。また、磁気構造の対称性は1651個の磁気空間群で分類可能です。一方で、交代磁性などの磁気構造まで含めた対称性を分類するにはスピン構造の対称性と空間群の対称性を組み合わせた「スピン空間群」の分類が必要となることが近年明らかになってきました。
いっぱい組み合わせありそうですよね。
そうです。これらの研究では数千から数万に及ぶスピン空間群の組み合わせを分類する試みが報告され、まさにスピン空間群時代の幕開けという感じです。
・準結晶中の原子拡散の高次元解釈
Atomic diffusion due to hyperatomic fluctuation for quasicrystals
準結晶は通常の結晶対称性で分類できない周期性をもつ物質です。この物質の謎の一つが高温における比熱の上昇でした。この研究ではAl-Pd-Ru準結晶をターゲットにして分子動力学計算から、Alの原子拡散が6次元中の超原子ゆらぎとして理解できることを示し、比熱の上昇原因に1つの答えを与えた形になっています。
高次元のゆらぎが物性に影響を与えて宇宙がヤバい。
・その他
 ‐トポロジカル絶縁体のギャップサイズの上限
 ‐GL理論で記述できないタイプ3超伝導状態の提案
 ‐結晶概念を拡張するフラクタル結晶の提案
 ‐固体中の群論の拡張理論
 ‐X型反強磁性状態の提案
 ‐ナノ粒子超伝導理論の提案
 ‐BCS理論の超伝導転移温度の上限はデバイ温度の10%程度説の機械学習による検証

21,その他

ここまで紹介した以外にも面白すぎる研究がたくさんありました。
以下では分類できなかった論文たちを一気にまとめてご紹介します。
特に気になった研究は2つです。
1つ目:ファンデルワールス準結晶超伝導体の発見です。この物質Tc=1~2Kで思ったよりTcが高い!さらにファンデルワールス物質は劈開性がよくARPESやSTMに向いています。今後の研究に期待!!
2つ目:今年が特徴的だったのは、大規模言語モデルLLMを用いた研究が複数提案されたことですね。時代は深層学習。お金を稼ぎましょう!
●新現象/新物質
・ファンデルワールス準結晶超伝導の発見
・粉体の準結晶自己組織化
・CrSBrの表面とバルクで異なる温度で生じる相転移
・TaS2の電子カゴメ格子の可視化
・PtBi2表面における超伝導アーク状態の観測
・WTe2の磁気熱電効果のナノスケール可視化
・裸眼でトポロジカル電荷を見る
・電流の逆数に比例する量子振動の発見
・フラーレンの光誘起超伝導状態の電気抵抗測定の実現
・NbSe2のFFLO状態の観測
・Ti4Ir2OのFFLO状態の観測
・超伝導近接反強磁性体NbSe2/CrOClにおけるFFLO状態の観測
・シリコンをアルゴン中に保管すると結構な量のアルゴンがドープされる
・放射線耐性半導体の発見
・非平衡BCS状態の観測
・重力理論とフェルミ液体のアナロジー理論
・超伝導体における不純物由来の時間反転対称性の破れの可能性の提案

●実験技術/解析技術
・科学用LLMの開発
・ゼオライト構造の直接可視化
・1nm分解能のマルチモーダル電子顕微鏡の開発
・完全な分子ムービーの撮影
・レジストフリーEUV加工技術の開発
・アト秒分解高次高調波干渉計の開発
・アト秒分解電子顕微鏡の開発
・NIMSのWatanabe&TaniguchiクオリティのFeフラックスh‐BN合成の成功
・相対論的超高速電子回折の実現
・熱バイアスバイポーラ熱伝導量子干渉近接トランジスタの開発
・ホール効果の磁場依存性の偶関数成分の解析
・機械学習による相転移検出とフィッシャー情報量の関係の解明
・等価Transformerの開発
・AlphaZeroを用いたシンボリック回帰による物理への応用
・深層学習によるX線回折のノイズ除去の実現
・走査型顕微鏡のAI活用による測定高速化の実現

【まとめ】
今年は当たり年ですね。
来年はどんな論文がでるのでしょう?
室温超伝導が来年こそ来るか!?
マンガン酸化物薄膜高温超伝導が2年の検証を経てついに表舞台に姿を表すか!?
D師の新作はあるか!?
今から楽しみです。

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