人類みんな光物性研究者!~高温超伝導体の電荷応答を読んで~

【イントロ】

世の中にはいろいろな研究があります。
その中で、物性研究とは、物質の持つ物理的な性質、例えば、機械的性質(力学的性質)、熱的性質、電気的性質、磁気的性質(磁性)、光学的性質(光物性)を研究することを指します。
この中で、もっとも研究者が多いのはどの分野でしょうか?
物質の研究をするとき、最初にすることはなんですか?
電気抵抗率を測る?磁化率を測る?熱伝導率を測る?
違いますね?
まず最初に行っている実験は、物質を「見る」、つまり物質に入射した光が物質表面で反射する電荷応答を観測することです。
つまり、人類は皆、光物性の研究者なのです!!!

そこで、本記事では物質の中でも電子同士の相関が重要となる高温超伝導体の電荷応答について解説された最新の教科書、
の感想について記したいと思います。

J( 'ー`)し
※特に意味はないです

【概略】

まずこの本は目的は以下のようにまえがきに記されています。
  • エキゾチックな超伝導体の物性について、電荷応答の観点から解説することを目的としている。さらに、これらの例を学ぶことで、より一般的な他の類似現象についての理解も深めてもらうことが、究極の目的である。
つまり、この本ではエキゾチックな超伝導体、つまり銅酸化物超伝導体や鉄系化合物超伝導体の電荷応答を題材に、光物性の基礎知識および最先端の研究テーマを学ぶことができるということです。
最高ですね。一粒で二度美味しい。
お値段4200円+税込みですが、実質2100円ともいえるお得さです。

また、本書対象者は、以下のように記されています。
  • 大学の学部4年生から大学院修士課程の学生の知識レベルを想定して書かれている。電磁気学、量子力学、統計力学、そして簡単な物性物理の知識があることが望ましい。
エキゾチックな超伝導体や強相関電子系の光物性に興味をもつ学生、研究者は、自宅・研究室に1冊は置いておきたい教科書です。
実質半額であることを考えると、自宅と研究室用に2冊買ってもいいかもですね。

以下では、この本を読んで良いと思ったところ、コレがあればもっと良かった思ったところを記したいと思います。個人の感想なので許してください。

【良かったところ】

1,赤外分光法やラマン分光法の基本がわかる

本書では、赤外分光法やラマン分光法により、どのような光スペクトルが見えるか、そしてそのスペクトルにはどのような情報が含まれているかが解説されています。
特に、測定波長範囲における光の物質への侵入長を踏まえると赤外分光やラマン分光は表面だけではなくバルクの物性を反映した情報を含んでいることが説明されています。

例えば、赤外分光のスペクトルには、自由電子によるドルーデ応答や、フォノンやバンド間遷移による応答がどのような式で記述されスペクトルに反映されるのか解説されます。
また、ラマン分光法では、電子ラマン成分やフォノンラマン散乱成分がどのように見えるか、それらが入射光の偏光によりどのように変わるかが解説されます。
こうした手法を用いることで、物質中の電子やフォノンの情報が取得できることが理解できます。

さらに、強相関電子系や超伝導状態におけるスペクトルに注目することで、こうした基本的な応答が、エキゾチックな電子状態ではどのように変化するのかが理解できるようになっています。

すごいぞ光物性!

銅酸化物の赤外分光スペクトルの例(D.N.Basov et al., Rev. Mod. Phys. 77, 721)  


2,銅酸化物や鉄系超伝導体の基礎物性がわかる

本書では、光物性の説明を、銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体の測定結果をベースに行っています。そのため、研究の進展が著しい銅酸化物や鉄系の研究トピックを学ぶことができます。例えば以下のようなものです。
  • 銅酸化物超伝導体
    • 疑ギャップ状態
    • ストライプ秩序状態
    • ジョセフソンプラズマモード
    • 同位体効果
  • 鉄系超伝導体
    • ネマティック電子状態
    • 多バンド超伝導状態
    • BCS-BECクロスオーバー
トピックには電荷応答だけではないものも含まれており、こうした最新テーマをまとまった形で学ぶことができるのも本書の利点と感じます。

また、銅酸化物や鉄系超伝導体といった高温超伝導体だけでない、MgB2やBaBiO3といった超伝導体の光スペクトルについても説明があり、それらと比較することで、高温超伝導体の物性の異常性があらわになる構成となっています。

すごいぞZn置換!

Zn置換YBCOの光学スペクトル(E. Uykur et al., JPSJ 82 (2013) 033701)



【これがあればもっと良かったところ】

ここからは、「この情報が載っていいたらもっと良くて聖書に昇華したのになー」と思った部分です。

1,実験手法

アレばよかったと思う第一は、実験手法のパートです。
本文中では特に赤外分光法とラマン分光法の研究が紹介されていましたが、それぞれどのように測定が実施されるのか、説明があれば満足でした。例えば以下のような内容です。
  • サンプルをどのように準備するのか
    • 試料サイズはどれくらい必要か
    • 劈開
    • 研磨
    • どのように装置にセットするのか
  • どういう原理で周波数分解するのか
    • フーリエ変換型赤外分光法の原理
    • ラマン分光法の原理
測定原理ついては、それぞれを専門とした別書(下記おまけパート参照)がありますが、試料準備の部分は実験室口伝のテクニックに依存している部分も大きいと感じられます。そうした手法がまとまったドキュメントとして解説されていれば、他分野研究者の光物性研究への理解の一助になるのではと考えます。

2,データの解析方法

次にアレばよかったと思うのは、計算スクリプトです。
本文中でも、反射率から光学伝導度を求めるKramers-Kronig変換や、ラマン散乱スペクトルの計算方法が紹介されていました。それらを実際に計算実行できるPythonスクリプトなどが付録としてついていれば、自分の手を動かしてパラメータにの違いによる光物性の変化を確認することができ教育的効果がさらに上がるのではないかと考えました。

とはいえ、Kramers-Kronig変換などはPythonパッケージが公開されていたり、最近はChatGPTに数式を読み込ませてPythonスクリプト化することも可能な時代なので、実際に使われている数式が紹介されているだけで十分な面もありそうです。

3,他の最新の電荷応答の研究手段

最後にこれがアレば良かったと思うのが、他の電荷応答の研究手法の紹介です。光には赤外光やラマン散乱光だけでなく、テラヘルツ光やX線といった種類に分別されるものもあります。そうした光を用いた、テラヘルツ波分光や共鳴非弾性X線散乱(RIXS)といった近年著しい成果を出している手法の紹介があれば、本書の次のステップへの足がかりとして有用だと考えます。

また、トポロジカル物性や非平衡物性といった現代的なテーマと関連して、位置分解や時間分解能力をもつ計測手法、ナノ赤外分光法や時間分解超高速分光についても情報があれば満足のいくものでした。一応、後者については、光誘起超伝導のパートで言及があったため、その点はカバーされています。

光誘起超伝導はホンモノ、間違いない。

【まとめ】

本書、「高温超伝導体の電荷応答 強い電子相互作用がもたらすエキゾチックな物性」は、エキゾチック超伝導体の電荷応答をベースに、最先端の物性物理のトピックを学べる良書でした。
「光物性から物質の何がわかるの?」
「高温超伝導体ってなにが問題として取り組まれてきたの?」
「どういった問題が残ってるの?」
物性物理をある程度勉強し、特に強相関電子系や高温超伝導体分野への新規参入しようとする学生や研究者が感じる疑問に答えてくれる教育的な最初の一冊として適した本なのではないかと思いました。
1ラボ1冊、オススメです。

・・・え?点と線しかないスペクトルだと紙面映えする図が作れないから、AR◯ESやS◯MみたいにNatureやScienceの表紙を飾れない?
このバカちんが~~!物事の表面ばっかみやがって!!
ホンモノの研究者なら、物事のバルクを見やんかい!!



【おまけ】

この本を読んだあとに読むと、強相関電子系の光物性の理解が進みそうな論文や教科書は以下の通りです。

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