東大教授になれないならHarvard大教授になればいいじゃない?

*2020/8/16追記:一部修正結果を一番下に追記しています。
【イントロ】
 「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、これは「狭い見識にとらわれて、他に広い世界があることを知らないで、自分の住んでいるところがすべてだと思い込んでいる人のこと」[1]を意味する有名なカエルの擬人化です。専門家として、自分の分野の分野を極めようとするとどうしてもよその分野への意識がおろそかになってしまいがちです。バランス取るのは難しいですが、幅広い視点を意識しないとダメですよね。
 前回の記事[2]では、日本の最高最高学府である東大教授になるにはどれくらいの業績が必要か調査しましたが、「これって海外大と比較してどうなの?」という当然の疑問をいただきました。この疑問の解決のためには、東大教授になるための業績が海外のトップ大学と比べてどのくらい難しいのか定量的に比較して見る必要があります。
 そこで本記事では、海外トップ大学として有名なHarvard、MIT、CaltechのProfessor(教授)、Associate Professor(准教授)、Lecturer(講師)、Assistant Professor(助教)の業績(論文数、引用数、h-index)を調査し、東大の結果と比較してみることにしました。

【方法】
 調査対象は、著者の趣味としてHarvard[3]、MIT[4]、Caltech[5]のCondensed Matter部門のfacultyを対象としました。各人の業績(論文数、引用数、h-index)をGoogle Scholar[6]を使用して確認しました。確認できなかった方は集計対象から除外しました。
 集計結果を前回調査した東大物工教員陣の結果と比較することで、東大と海外大で教員になるための難易度の違いを明らかにすることを目指しました。前回同様、各指標は各人の学位取得年からの経過年数で整理しました。
(余談)海外って、Associate Professor(准教授)、Lecturer(講師)、Assistant Professor(助教)がほとんどいない結果になりました。みんなProfessorとして独立したPIなんですね。日本の講座制とは大きく違うなということを認識できました。

【結果1】
 図1、図2,図3に論文数・引用数・h-indexと学位取得後経過年数の関係を示します。
グラフは両対数表示になっています。英語表記の職位が海外大のものになります。

図1 学位取得後年数と出版論文数の関係

図2 学位取得後年数と総引用数の関係

図3 学位取得後年数と出版論文数の関係

 どの職位・指標でも海外大の方が、東大と比較して数値が上回っているように見えます。但し、学位取得後経過年数に対するの業績の増え方はどちらも同様の傾きで推移しているようです。
 さて、それでは各職位になるのに必要な最小の業績を、東大と海外大で比較した結果が次の表1です。(各指標ごとに別の方の場合もあります)。
 
表1 海外大、東大の各職位各指標の最小値

 教授同士で比較すると東大の方が論文数・引用数において高い値を示すという意外な結果が得られました。「Harvard大教授になるよりも東大教授になる方が難しい!」・・・と言いたいところですが、h-indexを比較すると2倍以上の差があることがわかります。影響力の大きい論文を高密度にかいているのが海外大教授の特徴ということでしょうか。
ただ平均値で比較するとほぼ互角(東大-海外大、論文数:370-382、引用数:20097-24335、h-index:58-64)なことを考慮すると、東大教授陣は世界トップクラスであることがよくわかります。
 一方、准教授を比較すると海外大の方が各指標ともに2~4倍高い数値を示しています。助教に至っては10倍(!)近い指標の差となっています。差が大きすぎませんかねぇ。。。トップ海外大の層の厚さが顕になっているなぁという印象です。

【結果2】
 さて、当初の目的はこれで達成できたのですが、ふと「引用数とh-indexにはべきの相関がある」という話を昔聞いたことを思い出しました。そこで、2つの関係をプロットしてみたのが図4になります。

図4 h-indexと総引用数の関係
「めっちゃ自乗ですごい・・・」、と言った結果になりました。先行研究[7]ではNational Academy of Sciencesに所属する数学分野の研究者を対象に同様の比較を実施し、自乗になることを示しています。今回の調査結果の意味としては、下記の点が挙げられます。
「数学分野だけでなく、物性物理分野でも成立する」
「日米の研究者がともに同一直線状に乗る」
「h-index=140、総引用数=80000程度まで関係が成立している」
引用数とh-indexの関係がべきになるのは組み合わせ論的証明[8]があるようですが、先行研究の数学分野[およそCitation=3.4x(h-index)^2]と今回の物性物理分野ではすこし傾きが違っています。この原因が何に由来するのか明らかにすることは、面白い課題かもしれません(データのばらつきの範疇かな?)

【まとめ】
 今回の調査から、意外にも海外大教授より東大教授の方が論文数・引用数の最小値が高いという結果が得られました。ただし、海外大教授の方がh-indexの最小値が2倍程度高いことから、分野への影響力という観点からは大きな差があるように思えます。やはり海外大学教授になるには分野へのずば抜けた影響力が必要のようです。
 さらに大きな差が見えたのは准教授、助教クラスの層の差で、海外大の方が2~10倍程度各指標が大きいことがわかりました。教授の方が平均的には互角の業績であることを踏まえると、若手が頑張らないといけないってことですね。
 また、引用数とh-indexの間に自乗の関係があることを物性物理分野のデータを用いて再発見することができました。おもったよりもキレイに自乗に乗っているのでかなり感動しました。むしろ、この関係を破る分野を発見できればもっとおもしろい視点を得ることができるのかなと思ったので、今後の課題です。

【謝辞】
今回の記事を書くきっかけと文献[7]を教えて頂いた@cometscome_phys さん、文献[8]を教えて頂いた@yujitach 先生に感謝致します。

【参考文献】
[1]、井の中の蛙大海を知らず - 故事ことわざ辞典
[2]、ぶひんブログ 「オレ達はあと何本論文を書けば東大教授になれるんだ?」
[3]、Harvard University Department of Physics
[4]、MIT Department of Physics
[5]、Caltech Division of Physics
[6]、Google Scholar https://scholar.google.co.jp/
[7]、”Relationship between h index and total citations count”
[8]、 ALEXANDER YONG、”CRITIQUE OF HIRSCH’S CITATION INDEX:
A COMBINATORIAL FERMI PROBLEM”

追記(2020/8/16):本文中の表1について、「海外大の指標がおかしくない?」とのご指摘があり、再集計してみました。海外大教授の最小h指数が55→24に修正されています。
見落とし恥ずかしい。。。
こう見ると、教授については3指標すべてで東大が上回っていますね。
東大教授になれないからハーバード大教授になるという戦略の正しさがわかりますね(わかりません)。
やっぱ東大やねん!
追加表1 海外大、東大の各職位各指標の最小値(各値ともに別の方もありえます)

コメント

  1. 突然のコメントすいません。
    専門が違うので、物理系がどのような研究室の体制なのかは知らないのですが、既に述べられているように東大の研究室では、教授の下に助教授や准教授が位置していて、一つのラボを形成している場合が多いように思います。また前述のようにアメリカでは、資金さえあれば助教でもPIになれるといった話を聞いたことがあります。
    もしそうだとしたら、日本の教授は、助教や准教授の実績も業績にカウントされ海外の教授に比べて有利になり、相対的に業績が過大評価されうるし、逆に助教や准教授は過小評価されることになりませんか?

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  2. 東大の教授は
    助教、講師、准教授の業績をラストオーサーとして事実上吸い取っているので、この様な結果になるのでは?
    アメリカでは助教からPIになるので優秀な人はあまり囲いこまれません。

    返信削除

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