2021年の気になった物性系論文トップ10(ぶひん調べ)

2021年も終わりです。
1年早いですね。あっという間です。
今年は大変なことばかりでした。

とはいえ、世界の研究は止まりません。
今年もおもしろ論文がたくさん出てきました。
こちらのぶひんブログでは、2100本くらいのCond-mat論文を趣味で取り上げました。
そこでその中から、この1年間で気になった論文(テーマ)10選+αを選んでみました。

【1,45°捻り二層銅酸化物のトポロジカル超伝導の実現】

 ファンデルワールス物質をひねって積層することで物性を創発、制御する「ツイストロニクス」が流行しています。マジックアングルグラフェンに始まり、遷移金属ダイカルコゲナイドや各種ヘテロ接合における、超伝導チャーン絶縁体ウィグナー結晶など多様な現象が観測されています。
 さて、銅酸化物高温超伝導体の中にもファンデルワールス力で積層している物質が存在し、その一つがBi2Sr2CaCu2O8+x (Bi2212)です。このBi2212を45°ずらして積層するとd波超伝導対称性の影響で層間のクーパー対トンネリングは抑制されますが、2次的なトンネリング効果により高温トポロジカル超伝導状態が実現することが予言されていました。トポロジカル超伝導状態は量子コンピュータにも応用可能なマヨラナ励起が存在することから、銅酸化物超伝導体の転移温度(Tc~100K)で実現すると嬉しくなります。
 そして、この大胆な予言を実験的に実現する研究[1]が今年ついに報告されました。単層にすると湿気にやられやすく、酸素も移動して超伝導状態を維持することが難しいBi2212を45°ずらして再現性良く積層する手法を開発し、トポロジカル超伝導の兆候である半整数シャピロステップやdV/dIのフラウンホーファーパターンの観測に成功しています。この現象に関する理論的説明[2, 3]や、追試[4]も報告されています。
 やっぱり時代は銅酸化物やねん!
テクい技術で積層された45°捻り積層デバイス!


【2,CeRh2As2の磁場誘起超伝導相の発見】

 電子相関にその起源をもつ非従来型超伝導体として、銅酸化物やURu2Si2などこれまで多くの物質が発見されてきましたが、磁場と温度でその超伝導状態が変化する物質はUPt3しか報告されていませんでした。([5]によると、そうらしい。有機物のFFLOとかどうなんだ?)
 そんな中、第2の複数超伝導相物質として今年報告されたのが、重い電子系物質で局所反転対称性の破れたCeRh2As2[5]です。Tc~0.3Kのこの物質は、c軸方向に5T以上の磁場を印加することで新しい超伝導相が出現することが観測されました。ワクワクしますね。
 この現象にはスピン軌道相互作用や多極子秩序、超伝導転移温度以下での反強磁性秩序などが影響しているようですが、まだまだ未解明なことばかり[6-10]。今後の研究に期待ですね。
Tcに対して臨界磁場が大きいし、明らかに磁場方向で応答違っておもしろみ


【3,トポロジカルカゴメ超伝導体RV3Sb5の大研究祭り】

  固体物性の性質を決める要素として、電子相関と並んで結晶の幾何的構造が重要です。そんな中発見されたのがカゴメ格子構造を持つRV3Sb5(R=K, Cs, Rb)です。この物質はTc~0.9Kを示す超伝導体であり、T=80Kに何かしらの秩序状態に伴う転移をもち、磁気秩序しないのに異常ホール効果を示し、さらにはZ2トポロジカル不変量をもつバンド構造であることから、それらが絡み合った創発現象の発現が期待されます。 
 今年はトポロジカルカゴメ物質RV3Sb5の年と言っていいほど、たくさんの論文が毎日のようにCond-matに投稿されていました。お正月に登場したトポロジカル電荷秩序の観測[15]に始まり、隠れたカイラルフラックス相の発見(見えてない)[12, 13]、圧力印加と元素置換による2ドーム超伝導相の発見[14-16]等の数々の発見がなされました。
 「今年の物質は?」といえば、RV3Sb5といっても過言ではないでしょう。
カイラル電荷秩序ぉぉぉぉぉ!!!


【4,C-S-H系高圧室温超伝導体の大論争】

 2020年に発見されNatureに報告された、人類史上初めての室温超え超伝導体である、C-S-H系高圧超伝導体について、「それホンマに超伝導なんか?」という批判論文が登場し一部界隈(?)を盛り上げてくれました。Scienceも煽り立ててますね(※, 2)。
 批判の当事者はJ.Hirsh先生。h-indexの発明でも有名な先生です。Hirsh先生はC-S-H系高圧超伝導の論文に対して、「生データ要求しても開示してくれない」「実験結果が昔の結果にそっくり」「詐欺では?」と痛烈な批判[17]を浴びせています。一方でC-S-H系高圧超伝導論文の著者たちも「BCS理論も理解していないトロールにデータは渡せない」「ベクター画像でもない論文の図から正確な数値とれないでしょ」「研究が進展して200GPa必要だった圧力が20GPaくらいになって論文準備中じゃい!」とカウンターパンチをかます反論論文[18]を投稿しています。Hirsh先生の批判論文は一旦Physica Cに掲載されたあと、勝手に私信を論文に含めたしたとして掲載取り下げとなり、一方でC-S-H系論文著者が過去に関わったEu高圧超伝導の論文も取り下げになるど、リング外で見つめる我々を楽しませてくれています。
 結局は複数グループによる追試と、超伝導を実現している物質の構造特定が鍵になるとは思いますが、来年以降も楽しみが続くテーマとなっています。
20GPaで超伝導、本当か?!


【5,紐状の3次元スキルミオン構造の発見】

 トポロジカルなスピン励起であるスキルミオンはカイラル磁性体や磁性多層膜で観測され、基礎・応用の両面から注目を集めています。日本物理学会の若手奨励賞でも受賞対象になっています。しかし、コレまで観測されてきたスキルミオンは2次元状態におけるものであり、3次元状態ではどのようになるのでしょうか?
 今年はいくつかのグループから、バルク磁性体のなかでスキルミオンが3次元的な紐状の形状をとるスキルミオンチューブを観測した論文が報告されています[19-22]。X線トモグラフィーや電子トモグラフィにより可視化されたスキルミオンチューブはまさに紐!私もヒモになって暮らしたいものです。
スキルミオン紐構造の可視化


【6,物性研究への量子幾何の応用】

 これまで、量子状態の記述に幾何学的観点を持ち込むことで量子ホール効果や異常ホール効果を説明できることが知られていました。一方で、光学遷移過程の記述に量子幾何の観点を持ち込むことは困難とされてきました。これは量子幾何が単一状態に対して定義されるのに対して、光学遷移は複数状態間で生じる現象だからです。
 この論文[23]では、リーマン幾何学を導入することで、光学遷移を量子幾何の観点から統一的に記述できる理論を提案しています。この理論に基づけば3次光起電力ホール効果がリーマン曲率テンソルと結びつくことがわかります。さらには理論を拡張することで様々な静電磁場応答とリーマン幾何が結び付けられることを明らかにしています。
 正直、「何もわからない・・・」という感じですが、トポロジカル物性理論が大流行な状況をみると、次はリーマン幾何を導入した量子幾何が流行るのかな?という小並な感想から注目分野として選出です。
光学遷移とは量子状態のリーマン幾何、日本語でおねがいします


【7,バンド構造可視化手法の発展】

  物質の各種性質を決めるのは、その電子状態、畢竟バンド構造です。バンド構造可視化の手法として有名なのが角度分解光電子分光法、いわゆるARPES(Angle Resolved Photo Emission Spectroscopy)です。電子状態もわかってカッコいい図もかける最高のバンド構造可視化手法です。ARPESしか勝たん。
    毎年進化するARPESの中で、興味深い手法が3つ登場しました。3次元Fermi面の可視化手法FeSuMa (Fermi Surface Mapper)[29]、ポンププローブ法による励起状態バンド構造可視化手法[30]、そしてスピン角度分解”逆”光電子分光法[31]の開発です。いずれの手段もこれまでは不可能とはいえなくても非常に困難とされていた測定を洗練された形で実現しており、これまで観測できていなかった新しい現象が見つかるのではないかと期待しています。やっぱりARPESが最強やねん!
3次元フェルミ面のDFT計算との比較、FeSuMaすごい!


【8,近藤絶縁体SmB6が量子振動するのは実は金属だから?】

 近藤絶縁体SmB6は絶縁体にもかかわらず、低温で一定値で飽和する電気抵抗と、Fermi面の存在を示唆する量子振動が磁化のみに観測されることからその起源に注目が集まっていました。特にそれらの物性がトポロジカル表面状態に由来するのか、バルクの謎の中性粒子Fermi面に由来するのかという点が議論となっています。
 今年はこの現象に対して2つの興味深い結果が報告されました。
 1つ目の論文[32]では、「磁化で見えるなら同じバルク熱力学量である比熱でも量子振動が見えるのでは?」という疑問に対して、0.1K、32Tまでの磁場中比熱測定により肯定的な回答を報告しています。
 2つ目の論文[33]では「SmB6に本当にFermi面は存在しないのか?」という疑問に対して、電子運動量分布に敏感なX線コンプトン散乱を用いることで、Fermi面の名残とも言うべき状態がバルクのSmB6中に存在することを報告しています。すなわちSmB6は完全な金属でもないし、一方で完全な絶縁体でもない非従来型の絶縁体であることを示唆しています。
 これまで観測されていなかった新しい物質相の可能性、追試とさらなる発展がたのしみですね。
絶縁体に基づく計算とは全然あわないSmB6のコンプトン散乱の結果


【9,ゼロ磁場超伝導ダイオード効果の実現】

 昨今の半導体不足報道が示すように、半導体は基礎・応用の両面から重要な性質をもちます。その中でも重要なのが、電流を一方向にのみ流す整流作用、いわゆるダイオード効果です。このダイオード効果の超伝導体でのアナロジー、すなわち一方向にのみ超伝導電流が流れるジョセフソンダイオード効果の実現が、磁場と磁気異方性をうまく組み合わせることで実現できることがこれまで報告されていました。でも磁場を使うと超伝導を破壊してしまうので扱いが難しいのが悩みどころでした。
 今年は、このジョセフソンダイオード効果をなんとゼロ磁場で実現した研究[34]が報告されました。対称性を破ったNbSe2/Nb3Br8/NbSe2のヘテロ構造からなるジョセフソンダイオードが増幅率10^4倍と10^4回の繰り返し耐性を持つことを報告しています。その他にもマジックアングルグラフェンやEuSを利用した超伝導ダイオードや関連理論が多く報告[35-42]され、超伝導ダイオード研究が静かなブームになっている印象を受けます。
 昨今超伝導量子ビットを利用した量子コンピュータの開発競争が世界で巻き起こっていますが、こうした新しい超伝導デバイスがそうした競争を加速してくれることを期待しての選出です。
ヘテロ構造で超伝導実現!半導体の代わりにしようぜ!!


【10,鉄系超伝導体のZ2ボソニック金属状態がピョコンと発見】

 超伝導体の特徴といえばゼロ抵抗と磁場に反発するマイスナー効果です。超伝導体ならこれらの現象が観測されて然るべきです。しかしながら、物事にはいつも例外が存在するものです。
 この論文[43]では、鉄系超伝導のひとつBa1−xKxFe2As2 において、x=0.8近傍でのみ、超伝導転移温度以上からフェルミオン的対形成が生じ、時間反転対称性の破れたボソニック金属状態が実現し、4電子相関による超伝導が生じていることを報告しています。ボソニック金属状態の存在を比熱、ネルンスト効果、ゼーベック効果、電気抵抗、MuSR、超音波測定と様々な測定手段により検証しています。非常に限られた範囲でのみ存在する現象を精密な実験から捉える手腕に脱帽した論文です。よくこんな微妙な変化みつけたな~~。
 鉄系超伝導のボソニック金属状態としては、FeSe薄膜にナノ加工を施した研究[44]でも報告されており、新しい物質相の研究として今後の展開に期待です。
こんな狭い組成範囲の現象をよく発見したものだ。。。

【その他の番外編】

以下、10選に選ぼうかと悩んだおもしろ研究たちです。

【11,RuCl3の磁場誘起量子スピン液体相の熱ホール効果量子化するのか論争】

 RuCl3の磁場誘起量子スピン液体相で熱ホール効果が量子化(※1, 2)することが報告されて以来、その追試が様々なグループで行われています。
 大きな進展の一つが、ドイツグループによる追試[45]です。オリジナルの日本グループと同じサンプルを用いて、低温で量子化熱ホール効果の観測に成功しています。また量子化する温度は特定の温度範囲であるという、そのメカニズム解明に対して新しい知見を提供しています。一方でアメリカとカナダのグループでもそれぞれ追試が行われました。アメリカ側では熱ホール効果の量子化は観られず、代わりに熱伝導の量子振動が報告[46]されています。量子振動することから謎の中性粒子励起が量子スピン液体相に存在するものの、熱ホール効果はボソン的励起で説明される温度依存性を示し、半整数フェルミオン励起ではないと解釈されています(セミナー動画)。またカナダ側の追試でも量子化は観測されず、むしろフォノンによる寄与が支配的なためマヨラナ励起による量子化熱ホール効果に対して疑問[47]を呈しています。
 この混乱に対して、P.A.Lee先生がJournal Club for Condensed Matterに最近の状況を総括するコメント[48]を発表しています。このコメントのなかでドイツグループとの私信という形で「量子化するしないは、サンプルがFZ法で作られたか、CVT法で作られたかに依存する」というサンプル依存性説が述べられています。
 サンプル依存性が本当かどうか、本当ならサンプルの何がちがっているのか、それを明らかにすることでさらなるメカニズム解明が期待されます。来年もこのテーマには注目です。

【12,クマムシ量子エンタングルメント】

 超伝導量子ビット回路にクマムシを埋め込んで量子エンタングルメントを実現した論文[49]。正直、絵面的には今年ナンバーワン論文です。超極低温にさらされたあともクマムシくんは生きていたらしくその生命力に脱帽です。

【13,モアレ構造を活用した触媒効果】

 今年もたくさんのモアレ構造論文が出ました。その殆どが超伝導や、チャーン絶縁体などの創発現象を実現した報告でした。そんな中でL.Fu先生たちによるこちらの論文[50]は、モアレ構造を使って触媒を作るという新しいコンセプトを提案しています。NbS2を代表例に理論計算を行い、その水素発生反応に対する効率が既存の最高効率である白金よりも高いことを示しています。モアレ構造の可能性を広げる新しい研究の方向性で今後も要注目です。

【14,新たなp波超伝導体、A2Cr3As3の発見】

 Sr2RuO4のp波超伝導が悲しくも否定された後、新しく提案されたp波超伝導界の期待の新人ことA2Cr3AS3くん(Aはアルカリ金属)。Tc=8K程度と高めであり、さらなる検証に期待。

【15,冷却原子系でのクーパー対形成の観測】

 超伝導の基礎となるのは電子が対形成したクーパー対ですが、固体中のクーパー対を直接観測することは困難です。この論文[53]では、冷却原子を利用して、そのクーパー対形成過程を観測したことを報告しています。冷却原子は様々なパラメータを制御することが可能で夢がありますね。
【16,マイクロソフトのマヨラナ論文撤回問題】
 マイクロソフト期待の超伝導体/半導体ヘテロ構造におけるマヨラナ励起でしたが、データの不適切な見せ方もありNature論文撤回となりました。その後の精緻な理論的論文[54]により、観測されたマヨラナ励起は本物ではなく、乱れ由来の別の現象を観ていたことが報告されています。サンプルのクリーンさと、強い主張をする前の念入りな考察の大切さを学べる事例でした。
追記:UCLAのサイエンス論文も妖しいらしい。この分野大変だな。。。

【17,YbB12の謎の中性粒子の観測と他のYb化合物の新現象】

 YbB12は近藤絶縁体でありながら、電気抵抗と磁化の両方で量子振動がみられる物質です。SmB6に似ていますね。こちらの物質の研究が今年も進み、普通のフェルミ粒子と謎の中性粒子が共存しているのではないかという説も現れ議論[55-59]が続いています。
 またYb系化合物関連では、YbIr3Si7 の熱伝導測定から絶縁体相で謎の中性粒子に由来する有限熱伝導が観測[60]されたり、YbRh2Si2でTc~6mKの超低温超伝導が発見[61]されたりと、おもしろ現象の報告が続いています。

【18,ボーズ・アインシュタイン凝縮を活用したおもしろ研究】

 ボーズ・アインシュタイン凝縮はそれ自体もおもしろ現象ですが、それを活用したおもしろ研究が今年はたくさん出ていました。重力波検出[62]、格子分解能をもつ量子ガス顕微鏡[63]、ハッブル減衰/増幅の観測[64]、プランク定数精度の超高分解の磁力計[65]、重力赤方偏移の検出[66]とどれもが一級品の観測結果です。

【19,機械学習で量子多体系の流体方程式を導出】

 世はまさにAI時代という感じですが、当然物理の世界でもAIは活躍しています。測定高度化やマテリアルインフォマティクスなど様々な応用がなされていますが、今年気になったのはこちらの論文。機械学習を用いて量子多体系のデータから流体方程式の表式を記号的に求める手法を提案しており、既存の方程式の再現と未知の方程式の発見に成功しています。データから未知の法則を抽出する技術は新しい発想を提供してくれそうで楽しいですね。

【20.年末までの期待枠】

年末までにさらに面白い論文が出たら追加するぞい!


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