α-RuCl3の量子化熱ホール効果、見えるのか見えないのか論争

【イントロ】
 近年、次世代の計算手法として、量子コンピュータの研究開発が盛んに進められています。量子コンピュータの方式としては、超伝導、半導体、光量子コンピュータなど様々な手法が提案されています[1]。
 その中に、マヨラナ粒子を用いたトポロジカル量子コンピュータと呼ばれる手法があります[2]。この方式の実現のためには、固体中のマヨラナ粒子(マヨラナフェルミオン)を操作する必要があります。その舞台として提案されているのが量子スピン液体と呼ばれる状態(相)にある物質です。様々な量子スピン液体物質候補が探索されていますが、マヨラナ粒子の存在が強く示唆されているのがα-RuCl3という物質で生じる磁場誘起量子スピン液体相です[3]。この磁場誘起量子スピン液体相で観測される半整数量子化熱ホール効果がマヨラナ粒子の強い証拠と考えられています。しかし、この量子化熱ホール効果が「見える」「いや、見えない」という論争が生じています。
 最近の論争の現状は、Journal Club for Condensed Matter Physicsに掲載された、P. A. Lee先生の投稿[4]にまとめられています。本記事では、この投稿を元に論争の現状をまとめてみました。

【論争の経緯と現状】

1,発端

 論争の発端になったのが、2018年に京都大のグループを中心に報告されたNature論文[5]です。この論文では、磁場誘起量子スピン液体相の熱ホール効果を測定したところ、フェルミオン励起から予測される値の半分の値の量子化熱ホール効果が観測され、マヨラナフェルミオン粒子の存在が主張されています。この最初の論文では、α-RuCl3のハニカム格子面に垂直な方向と水平な方向の両方に磁場をかけ(斜め45°の意味)、面内のa軸方向(Ru-Ruボンドと垂直方向)に熱流を流していました。さらに、続報としてScienceに論文[6]が掲載され、熱流方向と同じ面内のa軸方向に磁場をかけるだけで量子化熱ホール効果が観測できることが報告されています(このことから、観測されている熱ホール効果は、プレーナー熱ホール効果とも呼ばれています)。
 ここで、Nature論文では面内に6.5-8T相当の磁場をかけた際に量子化が観測される一方で、Science論文では10-11Tで観測されています。前者は磁場誘起量子スピン液体相に相当する磁場範囲となっていますが、後者はその外側の範囲となっていることに注意が必要だとLee先生は指摘しています。
図、磁場印加方向と熱ホール効果の測定結果。
a軸方向に磁場をかけた場合のみ熱ホール効果がみえる。

2,追試

 さて、これらの衝撃的な発見に対して、4つのグループで追試が試みられました。

2-1、量子化するよ派閥

 まず、東京大のグループが追試を行い、量子化値が観測できることを報告しています[7]。ただし、量子化するためには熱伝導度の高いサンプルを使用する必要性を指摘しています。
図、熱ホール効果の磁場、温度依存性。Nature論文より高い磁場で量子化している。


 さらにドイツのマックス・プランク研究所のグループも追試を行い、量子化熱ホール効果が観測できることを報告しました[8]。彼らは6.5K以下、10T以上で量子化が生じることを報告していますが、その値は量子化値より20%小さくなっています。ただし、観測された磁場領域は量子スピン液体相が観測される7T-10Tの外側となっています。また、低温ほど熱ホール伝導度が小さくなることも観測されています。
図、磁場、温度に対して観測される熱ホール伝導度の値。白い領域が量子化領域。

2-2、量子化見えないよ派閥

 一方で、アメリカのプリストン大のグループは量子化熱ホール効果が再現できないということを報告しました[9]。彼らはScience論文と同じ5K、10Tの状況で量子化値の60%の値にしかならないことを報告しています(一方で、磁場誘起量子スピン液体相で熱伝導の量子振動を観測し、謎の中性粒子の存在を提案しています)。
図、量子スピン液体相で観測される熱伝導度の量子振動。
量子振動があるということは、スピノンフェルミ面が存在する可能性がある。


 その後、プリンストン大が2本目の追試論文を投稿しました[10]。その中では、先の論文より広い温度、磁場範囲で熱ホール効果を測定したところ、量子化値はやはり観測できないことが報告されています。さらに低温ほど熱ホール伝導度が減少することから、マヨラナ粒子が存在する場合に期待される一定値への収束にも反していることが主張されています。このことから熱ホール効果の原因は謎のボーズ粒子的励起ではないかと彼らは考えているようです。
図、熱ホール伝導度の磁場ごとの温度依存性。低温でゼロに向かっている。
マヨラナフェルミオン励起由来の現象なら一定値に収束するはずとの理屈。


 また、カナダのシャーブルック大も熱ホール効果の測定を行っています[11]。彼らは熱伝導度と熱ホール効果の大きさが比例することから、熱ホール効果の議論をする際にはフォノン励起の寄与を慎重に判断する必要があると主張しています。ただし、厳密には量子化熱ホール効果の磁場依存性の測定を行っていないので、ここでは直接的な追試には含めないことにします(面内磁場7Tで観測された熱ホール伝導度の値は量子化値の1/10程度となっています)
図、面内方向の磁場に対する熱伝導度と熱ホール伝導度の温度依存性

3,考えられる論争の原因

 これらの相矛盾する結果に対して、Lee先生はマックス・プランク研究所のTakagi先生との私信に基づき、測定に使用しているサンプルの作り方が異なることが原因である可能性を指摘しています[4]。量子化値が観測できた京都大、東京大、マックス・プランク研究所が使用したサンプルは東工大提供のブリッジマン法[12]で作成されています。一方で、量子化が観測できなかったプリンストン大(とシャーブルック大)のグループはオークリッジ国立研(ORNL)から提供された化学蒸気輸送(CVT)法[12]によるサンプルを測定に利用しています。実際、マックス・プランク研究所のグループがCVT法によるサンプルを測定してみると、プリンストン大の観測した熱伝導度の量子振動の再現ができたとのことです。この2種類の作成法によるサンプルの定量的、定性的な違いは明らかになっていませんが、ブリッジマン法サンプルの方が熱伝導度が2倍ほど大きいことから不純物や格子欠陥の多少に差があるのではないかと考えられているようです。
 上記のような指摘はあるものの、実際の不一致の原因はまだ明らかになっていません。今後さらなる研究が進むことが期待されています。

【実験結果の比較】

 上記で述べた論文について、熱ホール効果の磁場依存性を並べて比較してみた結果が以下のようになります。たしかに、量子化している結果としていない結果、はっきり違いがみえていますね。
・・・いますよね?

図、各グループの熱ホール効果の測定結果

【まとめ】

 α-RuCl3の量子化熱ホール効果の論争についてまとめてみました。おもしろいですね。
興味深い結果だからこそ、実験家、理論家含めて様々な議論が巻き起こり盛り上がっています。今後も注目していきたい分野です。

【参考文献】

[5] Kasahara, Y., Ohnishi, T., Mizukami, Y. et al. Majorana quantization and half-integer thermal quantum Hall effect in a Kitaev spin liquid. Nature 559, 227–231 (2018).
[6] Yokoi, T., S. Ma, Y. Kasahara, S. Kasahara, T. Shibauchi, N. Kurita, H. Tanaka et al. ”Half-integer quantized anomalous thermal Hall effect in the Kitaev material candidate α − RuCl3.” Science 373, no. 6554 (2021): 568-572.
[9] Czajka, P., Gao, T., Hirschberger, M. et al. Oscillations of the thermal conductivity in the spin-liquid state of α-RuCl3. Nat. Phys. 17, 915–919 (2021).
[10] Peter Czajka et al., The planar thermal Hall conductivity in the Kitaev magnet α-RuCl3, arXiv:2201.07873
[12] 平林 良次、単結晶作成とその装置






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