精神統一のために日本物理学会で若手奨励された研究を調べる趣味(2023年)


【イントロ】

第17回(2023)日本物理学会若手奨励賞(領域8)が発表されました。(こちら)

青山拓也 (東北大学理学研究科物理学専攻)
井上 悠 (国立研究開発法人産業技術総合研究所 電子光基礎技術研究部門 強相関エレクトロニクスグループ)
清水悠晴 (東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際研究センター)
鈴木博人 (東北大学 学際科学フロンティア研究所)

受賞者の皆様、ハチャメチャおめでとうございます
若手奨励賞は、「日本物理学会では、将来の物理学をになう優秀な若手研究者の研究を奨励し、学会をより活性化するために、若手会員を対象とした「若手奨励賞」を新設しました。」という趣旨により創設されたものです。
昨年2022年度は受賞者の皆様がどのような研究をされたか調べてみましたが、今年も興味津津でどんな研究が受賞対象になったのか調べてみました!
なぜなら人生の時間の優先順位がわかっていないからです!!

【方法】

各論文(主にアブストとイントロ部分)を読んで要約する。
引用数はGoogle Scolar調べです。(2022/10/30時点)

【まとめ】

2023年度の日本物理学会若手奨励賞を受賞されたみなさんの業績を調べてみました。
強相関電子系、トポロジカル物質薄膜、重い電子系超伝導、RIXSと今を時めくホットな研究が表彰されています。
近い年齢の人が活躍しているのを観ると励みになりますね!
特にかつての共同研究者さんとか。
オレも頑張るぞ^^(おれはこれまで何をやっていたんだ・・・無為な時間を・・・

【研究紹介】

青山拓也 (東北大学理学研究科物理学専攻)
スピン・軌道自由度によって空間反転対称性が破れた強相関電子系の研究
"Giant spin-driven ferroelectric polarization in TbMnO3 under high pressure", Nat Commn. 5 4927 (2014).
引用数:152回
概要:TbMnO3はスピン誘起マルチフェロイック物質の一種であり、サイクロイド型スピン秩序により反転対称性が破れ強誘電分極を示す。しかし、この分極は相対論的スピン軌道相互作用に由来するためBaTiO3と比較して小さな値となっている。一方でTbサイトを別の希土類に置換することで競合するE-type AFM型スピン秩序が安定化し大きな誘電分極が出現することが報告されていたが、理論的に予想されている値よりも小さな値であった。この研究ではTbMnO3の圧力をかけてE-type AFM型スピン秩序を安定化させることで、この物質がスピン誘起マルチフェロイック物質の中で最大の誘電分極を示すことが明らかになった。

図1、TbMnO3の結晶構造と圧力相図


"Polar state induced by block-type lattice distortions in BaFe2Se3 with quasi-one-dimensional ladder structure", Phys. Rev. B 99, 241109(R) (2019).
引用数:14回
概要:強相関電子系は様々な量子物性を示すことが知られている。その中でもBaFe2Se3はある程度の圧力でマルチフェロイクス性を示し、さらに超伝導に転移することが知られており興味深い物質となっている。この研究では二次高調波分光と粉末中性子散乱の再解析により、この物質が400K以下で非極性のPnma空間群から極性Pmn2_1空間群への相転移を示すことを明らかにし、報告されていたブロック磁性と結晶構造の矛盾の解決に成功している。

図2、BaFe2Se3の結晶構造


"Enhanced anisotropic magnetoresistance in the odd-parity multipole-ordered conductor Ba1−xKxMn2As2", Phys. Rev. B 105, 224422 (2022).
(arXiv)
引用数:0回
概要:この研究では、モット絶縁体BaMn2As2にKを置換してホールドープしたBa1−xKxMn2As2において、反強磁性転移とともに空間反転対称性と時間反転対称性が破れたユニークな状態が実現することを報告している。さらに磁気抵抗測定によりこの状態が奇パリティ磁気多極子の観点から説明できることを明らかにしている。

図3、Ba1−xKxMn2As2の結晶構造と電気抵抗の温度依存性


井上 悠 (国立研究開発法人産業技術総合研究所 電子光基礎技術研究部門 強相関エレクトロニクスグループ)
磁性トポロジカル物質薄膜の合成とその物性に関する研究

"Polaronic behavior in a weak-coupling superconductor", Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 115, 1475 (2018).
引用数:83回
概要:電子ドープしたSrTiO3は非常に広いキャリア密度の範囲でドーム状の超伝導相を示すことが知られており、その超低キャリア密度における伝導メカニズムが物性物理学上の難問として知られている。特に報告されているラージポーラロン形成との関係が注目を集めているが、ARPESにより観測されたポーラロン形成の強い証拠は常伝導状態の振る舞いであった。この研究ではLaAlO3とNb-SrTiO3の界面を制御することで、常伝導状態と超伝導状態をまたぐキャリア密度でトンネル分光を実施することで、常伝導状態は強い電子フォノン相互作用によるバンド構造のくりこみが生じているが、超伝導状態は通常の弱結合BCS理論で説明できることを明らかにしている。

図4、測定サンプルのヘテロ構造とバンド構造の模式図

"Band engineering of a magnetic thin film rare-earth monopnictide: A platform for high Chern number", Phys. Rev. Mater. 3, 101202(R) (2019).
引用数:2回
概要:量子物質を薄くすることでZ2、チャーン、マヨラナ相といったトポロジカル状態を代表とする創発物性をコントロールすることが可能になる。この研究では、磁性希土類モノニクタイドGdBiを薄膜化することに成功しC=2チャーン絶縁体状態が実現していることを第一原理計算と合わせて報告している。さらに薄膜化した試料を劣化から保護するキャッピング技術も開発し、希土類モノプニクタイドがトポロジカル電子状態をエンジニアリングする舞台となることを明らかにしている。

図5、測定サンプルとバンド構造


"Evidence of two-dimensional flat band at the surface of antiferromagnetic kagome metal FeSn", Nat. Commun. 12, 5345 (2021).
引用数:9回
概要:カゴメ格子物質は幾何学的フラストレーションが生み出す特異な電子状態を示す。特に遷移金属カゴメ格子物質は長らく理論的な産物と考えられていたフラットバンドを実現する物質として注目を集めている。この研究では、反強磁性カゴメ金属FeSnのトンネル分光測定を行うことで、物質表面にスピン偏極した二次元フラットバンド状態が実現していることを明らかにし、新規なスピントロニクス技術への道を開くことに成功している。

図6、FeSnの電流電圧特性とバンド構造の模式図


清水悠晴 (東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際研究センター)
ウランを含む重い電子系超伝導体における超伝導対称性、磁気応答および異常金属状態に関する研究

"Spin-Triplet p-Wave Superconductivity Revealed under High Pressure in UBe13", Phys. Rev. Lett. 122, 067001 (2019).
引用数:13回
概要:5f電子重い電子系超伝導体であるUBe13の超伝導メカニズムを明らかにするため、この研究では10GPaの高圧下まで臨界磁場と常伝導状態の圧力依存性が研究された。上部臨界磁場の圧力依存性から、A1u対称性をもつスピン三重項超伝導状態にEu対称性成分が混合することが提案された。また、非フェルミ液体的な電気抵抗率を示す異常金属相と超伝導相の関係が示唆された。これらの結果はUBe13の超伝導メカニズムに近藤散乱との相互作用が寄与していることを明らかにしている。

図7、UBe13の臨界磁場と電気抵抗の温度依存性のカラープロット


"Quasiparticle excitations and evidence for superconducting double transitions in monocrystalline U0.97Th0.03Be13", Phys. Rev. B 96, 100505(R) (2017)
引用数:23回
概要:この研究では、未解決であったU0.97Th0.03Be13の超伝導転移温度Tc1以下で生じる2つ目の相転移Tc2の起源を明らかにするため、高精度な角度分解比熱測定と磁化率測定が行われた。磁場中冷却とゼロ磁場冷却でのTc2での異常の有無からこの相転移が2つの超伝導相の間の転移であることが明らかになった。この研究により、奇妙な超伝導相を示すU0.97Th0.03Be13の超伝導ギャップ対称性候補が大きく絞られることになった。

図8、U0.97Th0.03Be13の相図と比熱の温度依存性


"Omnidirectional Measurements of Angle-Resolved Heat Capacity for Complete Detection of Superconducting Gap Structure in the Heavy-Fermion Antiferromagnet UPd2Al3", Phys. Rev. Lett. 117, 037001 (2016).
(arXiv)
引用数:17回
概要:この研究では、重い電子系反強磁性体UPd2Al3の超伝導ギャップ対称性を明らかにするために角度分解比熱測定が行われた。低温比熱の磁場依存性が磁場の平方根に依存することとその角度依存性から、ギャップに水平ノードが存在することが明らかになった。この研究で用いられた角度分解比熱測定は、エキゾチック超伝導体のギャップ構造を特定するための強力な手段であることが確立された。

図9、UPd2Al3の比熱の温度依存性と磁場依存性


鈴木博人 (東北大学 学際科学フロンティア研究所)
共鳴非弾性X線散乱による強相関物質の素励起の研究

"Probing the energy gap of high-temperature cuprate superconductors by resonant inelastic x-ray scattering", npj Quantum Materials 3, 65 (2018).
(arXiv)
引用数:14回
概要:超伝導体の超伝導ギャップ対称性を決定することはそのメカニズムを明らかにする上で重要である。超伝導ギャップを検出する手法としては、スピンチャネルに対して非弾性中性子散乱や、電荷チャネルに対して光学分光やラマン散乱といった手法が挙げられる。しかし、前者は巨大な(もしくは大量の)単結晶が必要であり、後者は運動量空間内での構造を明らかにすることができない。ARPESは運動量空間の超伝導ギャップ構造を明らかにできる強力な手段であるが、清浄表面の準備やバルク・表面電子状態の分離といった技術的課題を抱えている。この研究では、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)による代表的なd波超伝導体である銅酸化物のギャップ構造をバルクの単結晶を用いて観測することに成功している。これにより、ARPESでは測定できないヘテロ構造界面超伝導といった現象に対してもそのメカニズムを研究する新たな手法が開発されたことになる。

図10、計算されたRIXSのスペクトル


"Spin waves and spin-state transitions in a ruthenate high-temperature antiferromagnet", Nat. Mater. 18, 563 (2019).
引用数:38回
概要:ルテネイト化合物は(否定されたが)スピン三重項超伝導やキタエフスピン液体、素粒子物理のアナロジーであるヒッグスモードなど興味深い創発現象の舞台となっている。一方で大型単結晶の育成の困難さからフント結合や交換相互作用といった重要なパラメータを分光学的手法から決定することができていなかった。そこでこの研究では、ルテネイト酸化物の1つであるハニカム格子反強磁性体SrRu2O6のRIXSを行い、スピン波分散を測定することで交換相互作用パラメータとマグノンギャップを測定することに成功している。この研究により、4d遷移金属化合物に対する運動量空間分光手法が確立された。

図11、SrRu2O6のスピン波分散とバンド構造の模式図


"Proximate ferromagnetic state in the Kitaev model material α-RuCl3", Nat. Commun. 12, 4512 (2021).
引用数:30回
概要:α-RuCl3はキタエフ量子スピン液体状態を示す有力な候補物質であるが、現実にはジグザク反強磁性状態を低温で示すため、キタエフ模型からズレが存在することが示唆されている。この研究ではRIXSにより運動量空間内での磁気励起を詳細に調べることで、ジグザク反強磁性状態と強磁性状態が競合していることを明らかにしている。この研究によりα-RuCl3の理論計算の元とすべき情報が得られただけでなく、他の量子スピン液体候補物質の適切な有効ハミルトニアンを特定するための手法が確立されたことになる。

図12、RuCl3の基底状態のエネルギーと結晶構造及び相互作用の模式図


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