理論家の職探しのための大騒ぎ~アンダーソンの遺言~


 【イントロ】
という言葉をご存知でしょうか?
自然の階層性を端的に指摘したこの概念を提案したのがPhilip Warren Andersonです。
彼は、凝縮物性物理学の理論家で、1977年のノーベル物理学賞を受賞しています。
数多くの画期的な論文を発表し続けてきた偉大な研究者ですが、その晩年に
Last Words on the Cuprates”(銅酸化物超伝導への遺言)
という気になるタイトルの論文を発表しています。
Philip Warren Anderson(December 13, 1923 – March 29, 2020)、Wikiより

そこで本記事では、この論文を読んでみました。

【方法】
頑張って読みました。
※参考に、最新の銅酸化物超伝導の相図を載せときます。
銅酸化物超伝導の最新の相図
Keimer, B., Kivelson, S., Norman, M. et al. From quantum matter to high-temperature superconductivity in copper oxides. Nature 518, 179–186 (2015).


【結果の前に】
アンダーソンには数多くの有名な業績がありますが、Wiki参考にどんなものがあるか調べてみました。
うーん、どれもレジェンド級(失神)

【結果】
以下では、遺言の中身について見ていきます。
結論から言うと、アンダーソンにとって、
  • 銅酸化物超伝導のメカニズムは解明済み

  • 多くの「謎」と呼ばれている問題は、理論家が職探しのために騒いでいるだけ
ということです。それでは内容を見ていきましょう。

1,銅酸化物の超伝導メカニズムについて
  • メカニズムは未解決の問題ではない
  • 超交換相互作用が超伝導と母物質の反強磁性状態を生み出す
  • 「スピンゆらぎ」というTermでペアリング相互作用は記述できない
    • Superconductivity and Spin Fluctuations,  arXiv:cond-mat/9908287
    • スピンゆらぎは元々強磁性ゆらぎに対するTerm
    • AFM kinetic exchangeとFM direct exchangeの混乱が多くの研究者を苦しめてきた
      • 数値計算では両方の寄与が含まれてしまい、d波超伝導が出る
      • それをFeynmanダイアグラムの観点で解釈しようとすると間違った解釈になる
    • 基底状態以外の物性を計算するには、数値計算が重要
  • 実験結果がEliashberg方程式に従ってないのに、Eliashberg方程式でFitしてパラメータを抽出しようとしても意味がない
2,電子状態について
  • 電子ホール対称性と実験との整合性から、理論はGutzwiller型射影変換を用いたものでなければならない
    • なぜか多くの理論家が否定的
3,超伝導ゆらぎについて
4,量子振動について
銅酸化物の磁場-温度相図


5,相図全体について
  •  相図全体で良くわかっているのは、超伝導転移温度より上側、そして擬ギャップ温度より右側の状態
    • いわゆる異常金属相
      • 電気抵抗の温度依存性がT-linear
      • ホール定数が低温で増加する
      • 光学伝導度のDrude成分が周波数のべき依存性をもつ
    • この状態はHidden Fermi液体理論で説明できる
      • t-JモデルでJが摂動的に扱えるような状況
      • 場の理論で言うカイラル異常と関係がある
        • フェルミ液体のエンタングルメントが生じている
      • この理論に基づくと、アンダードープ領域ではトンネル分光にソフトモードと呼ばれる共鳴が生じる
        • 超伝導の起源と間違って解釈されている
      • 最適ドープ領域のトンネル分光の結果は、この理論と整合的
      • Ong Vortex Liquid相の上限温度が電子対のペアリングが生じ始める温度である。
    • 正直なところ、擬ギャップ温度近傍の輸送理論は良くわかっていない
  • 擬ギャップ温度付近では時間反転対称性が破れていることが報告されている。一方で、超伝導状態は時間対称なd波超伝導状態である
6,超伝導状態について
  • 物質科学は素粒子や宇宙論分野と違って過剰決定系である
    • 未知数よりデータのほうが多い状況
    • 実験結果と矛盾しない理論は否定できないが、逆に矛盾する理論は排除しやすい
  •  超伝導状態はd波超伝導なのは実験的事実、シンプルな理論で説明できる
    • ギャップはd波対称性で実数で、運動量空間でゼロになってる部分がある
    • 時間反転対称性は破れてない
    • 超伝導状態が壊れるのは、位相が不揃いになるから
    • ドーム型の超伝導相も説明可能
  • つまりエキゾチックなメカニズムは超伝導と直接関係してない。
    • バイポーラロン理論
    • ループカレント理論
    • 時間反転対称性の破れ
  • 低ドープ領域で超伝導と競合する相があるかもしれないが、その詳細が超伝導メカニズムに影響するとは思えない
  • 「銅酸化物の謎」と呼ばれて騒がれている多くの問題は、理論家の雇用確保のために生まれたものに過ぎない
【まとめ】
 今回の記事では、アンダーソンの遺言とも言うべき論文、”Last Words on the Cuprates”(銅酸化物への遺言)を読んでみました。
 アンダーソンからしてみれば、銅酸化物のメカニズムは解明されている認識なんですね。
文末の「多くの問題は、理論家の雇用確保のために生まれたものに過ぎない」というのはなかなか強烈な一言な印象です。
 一方で、「擬ギャップ温度近傍での時間反転対称性の破れをうまく説明できなかったは失敗だった」というのは論文の中で唯一弱音を吐いている部分に感じられました。
 銅酸化物超伝導のメカニズムは解明済みと考えるアンダーソン先生。しかし、その意見に同意しない研究者が多いのも事実。実際のところ、ほとんどの研究者はそのメカニズムがはっきりと解明されたとは考えておらず、まだまだたくさんの研究が取り組まれています。
 2023年現在、液体窒素温度以上の温度で、しかも常圧で超伝導が生じる人類が唯一手にした物質、銅酸化物超伝導体。今後さらなる新現象がみつかり、理論が提案されメカニズムが解明されることで、アンダーソンが予想していた以上の凝縮物性物理のフロンティアが花開く、それが彼への最大の手向けになるのではないでしょうか。
アンダーソンに銅酸化物超伝導のメカニズムを叩きつけるイメージ


ちなみに、論文タイトルが「遺言」になっていますが、この2年後にもう1本、アンダーソンは論文を書いています。
"Four Last Conjectures"(最後の 4 つの予想)
最期まで元気なアンダーソン先生!

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