フェルミ液体シミュレータ~これであなたもCondensed Master!~

イントロ

Condensed matter、いわゆる凝縮物性は身の回りに存在する様々な物質、絶縁体や半導体、そして金属などの振る舞いを記述するための理論の総称です。その中でも注目度が高く、教科書でも中心的な話題となるのが金属です。金属の振る舞いは、金属中の電子によって決まります。

電荷を持つ電子が相互作用しない自由電子モデルはわかりやすいですが、電子がクーロン力を介して相互作用する場合、その物性値はどのように記述できるでしょうか?その代表的な理論が、ランダウによって提案された「フェルミ液体論」です。この理論では、相互作用する電子系の低エネルギー励起は、自由電子と1対1で対応する準粒子で記述できるとする理論です。

やったぜ、自由電子の拡張で物性値が説明できるぜ!

でも、例えば電気抵抗のパラメータを変えて振る舞いを観てみた時、比熱とか磁化率の振る舞いはどう変わるんだろう?そんなことを、フェルミ液体論を勉強していると感じますよね。

そこで本記事では、金属中の電子系のパラメータを変化させると、各種物性値がどのように変化するか、一括で確認することができるシミュレーター、名付けて「フェルミ液体シミュレーター」を作ってみました。開発はClaude Opus5.5を利用しました。遊んでみてください。

これであなたもCondensed master!

シミュレーター

フェルミ液体シミュレーター

ランダウパラメータ・有効質量・散乱を動かすと、輸送・熱力学・磁性・分光・音響応答が連動して変わります。3次元等方の単一バンドを仮定しています。

表示するグラフ

上のボタンから見たいグラフを選んでください。複数選べます。

電気抵抗

ρ(T) = ρ₀ + AT²

出典:[5][6][3]。T* ≈ 0.1TF* は本シミュレーターの目安

比熱

C/T = γ + βT², γ = (π²kB²/3) N*(0)

出典:[4][3][7]

磁化率

χ0 = μ₀μB²N*(0)/(1+F₀a), χ(T) ≈ χ₀/√(1+(π²/6)(T/TF*)²) + Cimp/T

出典:[4][3][8][9]。温度依存性の内挿式は本シミュレーター独自(導出と説明)

熱伝導率(電子)

1/κ = ρ₀/(L₀T) + AT/Lee, 右軸はローレンツ比 L/L₀

出典:[4][10]

バンド分散とスペクトル関数

A(k,ω) = Z·Lorentz(ω−ε*k; Γ) + (1−Z)·非コヒーレント, Γ ∝ ω² + (πkBT)²

出典:[11][12][3]。非コヒーレント部分のガウス形は本シミュレーターの模式的な仮定

超音波吸収(電子による)

Pippard 理論, ℓ = vF*τ, τ⁻¹ = ne²ρ(T)/m*。右軸は qℓ

出典:[13][2]

ホール係数

RH = ∓1/(ne)(単一バンドでは温度に依存しない)。右軸はホール角 cot θH = ρ/(|RH|B) = 1/(ωcτ)

出典:[4]

熱電能

Mott 式 S = ∓(π²kB²T/3eEF*)(3/2 + r)。S/T ∝ 1/TF* ∝ γ なので比 q は質量増強に依らない

出典:[15][4](式と q は [15] の式 (5)、(8)。r は [15] の ξ と同じ)

量子振動(dHvA)

Lifshitz–Kosevich:M̃ ∝ B1/2RTRDRs sin(2πF/B + φ),RT = X/sinh X,X = 2π²kBm*T/(ħeB),Rs = cos(πg*m*/2m),g* = 2/(1+F₀a)

出典:[16][17][18][14](RT と Rs の形は [14] の式 (8)、(9) と一致。g* = 2/(1+F₀ᵃ) は [14] の局所自己エネルギーの仮定による)

光学伝導度

拡張 Drude:σ₁ = (ne²/m*) Γ/(Γ²+ω²),Γ(ω,T) = 1/τ₀ + b[(ħω)² + (2πkBT)²](b は A から決定、Gurzhi 型 p = 2)

出典:[19][20][21]

前提:3次元等方・放物線バンド、緩和時間 τ は Drude 式で ρ(T) から決定、格子比熱は Debye の T³ 項のみ、A は既定で Kadowaki–Woods 則 A = 1.0×10⁻⁵ γ² に連動。T* ≈ 0.1 TF* を超える温度は FL の適用外で、式は外挿です。零音速度は F₁ を無視した近似。ホール係数・熱電能は単一バンドの Boltzmann 理論で、フォノンドラッグは含みません。量子振動の Dingle 温度は輸送の τ₀ から決めています(実際の量子寿命は通常これより短い)。光学伝導度は m* を周波数によらない定数とした拡張 Drude 模型です。

参考文献

すべての文献が存在することは確認済みです。論文のアブストラクトは読んで、該当の議論が含まれてそうなことも確認しています。

ランダウパラメータと熱力学量・音速の関係は主に [1][3] に、自由電子の基本式は [4] によります。

  1. L. D. Landau, Sov. Phys. JETP 3, 920 (1957).(フェルミ液体理論)
  2. L. D. Landau, Sov. Phys. JETP 5, 101 (1957).(零音)
  3. G. Baym and C. Pethick, Landau Fermi-Liquid Theory (Wiley, 1991).
  4. N. W. Ashcroft and N. D. Mermin, Solid State Physics (Holt, Rinehart and Winston, 1976).
  5. W. G. Baber, Proc. R. Soc. Lond. A 158, 383 (1937).(電子-電子散乱による T² 抵抗)
  6. K. Kadowaki and S. B. Woods, Solid State Commun. 58, 507 (1986).(A/γ² = 1.0×10⁻⁵ μΩcm(mol K/mJ)² は重い電子系での値。遷移金属などではおよそ 1 桁小さい)
  7. P. Debye, Ann. Phys. 39, 789 (1912).
  8. E. C. Stoner, Proc. R. Soc. Lond. A 165, 372 (1938).
  9. K. G. Wilson, Rev. Mod. Phys. 47, 773 (1975).(Wilson 比)
  10. J. M. Ziman, Electrons and Phonons (Oxford University Press, 1960).
  11. A. A. Abrikosov, L. P. Gor'kov, and I. E. Dzyaloshinskii, Methods of Quantum Field Theory in Statistical Physics (Prentice-Hall, 1963).
  12. A. Damascelli, Z. Hussain, and Z.-X. Shen, Rev. Mod. Phys. 75, 473 (2003).(昔読んだことあるので大丈夫のはず!)
  13. A. B. Pippard, Phil. Mag. 46, 1104 (1955).(金属中の超音波吸収)
  14. R. H. McKenzie, arXiv:cond-mat/9905044 (1999).(Rs = cos(πg*m*/2m) と g*/g = RW = 1/(1+F₀ᵃ)、自己エネルギーが運動量の向きに依らない場合)
  15. K. Behnia, D. Jaccard, and J. Flouquet, J. Phys.: Condens. Matter 16, 5187 (2004).(S = −(π²/3)(kB²/e)(T/εF)(3/2+ξ) は同論文の式 (5)、q の定義は式 (8))
  16. I. M. Lifshitz and A. M. Kosevich, Sov. Phys. JETP 2, 636 (1956).
  17. R. B. Dingle, Proc. R. Soc. Lond. A 211, 517 (1952).
  18. D. Shoenberg, Magnetic Oscillations in Metals (Cambridge University Press, 1984).
  19. R. N. Gurzhi, Sov. Phys. JETP 8, 673 (1959).
  20. D. N. Basov et al., Rev. Mod. Phys. 83, 471 (2011).(拡張 Drude 解析)(昔読んだことあるので大丈夫のはず!)
  21. D. L. Maslov and A. V. Chubukov, Rep. Prog. Phys. 80, 026503 (2017).(光学と ARPES の係数 p の違い)

用語解説

基本概念

フェルミ液体
相互作用する電子系で、低エネルギーの励起が自由電子と1対1に対応する長寿命の準粒子で記述できる状態。ランダウが液体 ³He を念頭に定式化し、多くの金属の低温状態に当てはまります。
ランダウ準粒子
相互作用の効果をまとった電子。フェルミ面に近づくほど寿命が (ε − EF)⁻² に比例して長くなるため、粒子として扱えます。
有効質量 m*
準粒子のフェルミ速度から vF* = ħkF/m* で定義される質量。比熱や量子振動の温度減衰から測られます。
ランダウパラメータ Fls, Fla
準粒子間の相互作用関数をフェルミ面上でルジャンドル展開し、状態密度を掛けた無次元量。s は密度(スピン対称)、a はスピン(反対称)チャネルです。
準粒子重み Z
1粒子グリーン関数の準粒子極の留数。スペクトルのうちコヒーレントなピークが占める割合で、0 < Z ≤ 1 です。
自己エネルギー Σ(k, ω)
相互作用による1粒子エネルギーの補正。実部が分散の繰り込みを、虚部が準粒子の減衰を与えます。
フェルミ温度 TF*
繰り込まれたフェルミエネルギー EF* = ħ²kF²/(2m*) を kB で割った温度。これより十分低温でフェルミ液体の記述が成り立ちます。
ラッティンジャーの定理
相互作用があってもフェルミ面の体積は電子数で決まる、という定理。裸のバンドと準粒子バンドが同じ kF を通るのはこのためです。

熱力学・磁性

ゾンマーフェルト係数 γ
電子比熱 C = γT の係数。準粒子の状態密度 N*(0) に比例し、有効質量の目安になります。
デバイ温度 ΘD
格子振動の特徴的な温度。低温の格子比熱 βT³ の係数 β を決めます。
パウリ常磁性
フェルミ面近傍の電子のスピン偏極による、温度にほぼ依らない磁化率。
ストーナー増強・不安定性
交換相互作用による磁化率の増強。F₀ᵃ → −1 で磁化率が発散し、強磁性に転移します。
Wilson 比 RW
磁化率と γ の比を自由電子の値で規格化したもの。フェルミ液体では 1/(1 + F₀ᵃ) です。
圧縮率
圧力に対する体積変化の割合。電子系では自由電子の値の (m*/m)/(1 + F₀ˢ) 倍に繰り込まれます。
ポメランチュク不安定性
ランダウパラメータが Fl < −(2l + 1) になるとフェルミ面が不安定化すること。密度チャネルの l = 0 では F₀ˢ < −1 で圧縮率が負になります。
キュリー項
局在した磁気モーメントによる 1/T に比例する磁化率。試料中の磁性不純物などで現れます。

輸送

残留抵抗 ρ₀
不純物や欠陥による弾性散乱で残る、T → 0 での電気抵抗。
T² 抵抗と係数 A
電子-電子散乱による抵抗。運動量が格子に渡されるウムクラップ過程などがあると抵抗として現れ、係数 A は m* の2乗程度に比例して大きくなります。
Kadowaki–Woods 比 A/γ²
多くの重い電子系でほぼ共通の値をとる経験則。散乱率と状態密度がどちらも m* で繰り込まれることを反映しています。
Wiedemann–Franz 則・ローレンツ数
弾性散乱が支配的なとき κ/(σT) = L₀ = (π²/3)(kB/e)² が成り立つという法則。非弾性散乱があると L < L₀ になります。
平均自由行程 ℓ
準粒子が散乱されるまでに進む平均距離 ℓ = vF*τ。
ホール係数 RH・ホール角 θH
磁場中で電流と垂直に生じる電場の比。単一バンドでは RH = ∓1/(ne) でキャリア密度と符号を与え、ホール角は tan θH = ωcτ です。
ωcτ
サイクロトロン振動数と緩和時間の積。1 を超えると、電子は散乱される前にサイクロトロン軌道を一周できます。
熱電能(ゼーベック係数)S
温度差あたりに生じる電圧。フェルミ液体では低温で T に比例します。
Mott 式
S = (π²kB²T/3e)·d ln σ(ε)/dε|EF。熱電能を伝導度のエネルギー微分で表す式です。
q 比
Behnia らが導入した S/T と γ の無次元比 q = S NAe/(Tγ)。キャリア1個/式量あたりおよそ ±1 になります。

分光・量子振動

スペクトル関数 A(k, ω)
運動量 k、エネルギー ω での電子状態の分布。1粒子グリーン関数の虚部から得られます。
ARPES
角度分解光電子分光。占有状態のスペクトル A(k, ω)f(ω) を直接測る手法です。
コヒーレント・非コヒーレント成分
スペクトルのうち、鋭い準粒子ピーク(重み Z)と、広いエネルギー範囲に広がる残りの部分(重み 1 − Z)。
光学伝導度 σ₁(ω)
交流電場に対する伝導度の実部。自由キャリアは ω = 0 付近にドルーデピークを作ります。
拡張 Drude 解析
光学スペクトルから、周波数に依存する散乱率 1/τ(ω) と質量を取り出す解析法。
Gurzhi スケーリング
フェルミ液体の光学散乱率 1/τ(ω, T) ∝ (ħω)² + (2πkBT)²。ARPES の線幅では (πkBT)² となり、温度項の係数が異なります。
ド・ハース–ファン・アルフェン効果(dHvA)
磁化が 1/B に対して周期的に振動する現象。振動数 F はフェルミ面の極値断面積に比例します(Onsager の関係)。
Lifshitz–Kosevich 式
量子振動の振幅の温度・磁場依存性を与える式。温度減衰因子 RT から有効質量が求まります。
Dingle 温度 TD
散乱による振動振幅の減衰を、温度に換算して表したもの。TD = ħ/(2πkBτ) です。
スピンゼロ
スピン因子 Rs = cos(πg*m*/2m) が 0 になり、振動の基本波が消える条件。g*m* の値を決めるのに使われます。

音響

第一音波・零音
衝突が頻繁な領域(ωτ ≪ 1)で伝わる通常の音波と、衝突がほとんどない領域(ωτ ≫ 1)でフェルミ面の変形として伝わる集団モード。零音はランダウが予言し、液体 ³He で観測されました。
Pippard 理論・qℓ
金属中の音波が伝導電子に吸収される過程の理論。音波の波数 q と平均自由行程の積 qℓ で領域が分かれ、qℓ ≪ 1 では吸収が ω² に、qℓ ≫ 1 では ω に比例します。

シミュレーターの補足

磁化率の温度依存性(内挿式)

パウリ磁化率を有限温度で書くと、フェルミ分布の微分で重み付けした状態密度の平均になります。

χP(T) = μ₀μB² ∫ N(ε) (−∂f/∂ε) dε

N(ε) は両スピンを合わせた状態密度、f は化学ポテンシャル μ(T) でのフェルミ分布です。T = 0 では −∂f/∂ε がデルタ関数になり、χ₀ = μ₀μB²N(EF) に戻ります。

温度依存性は二つの効果から生じます。一つは、−∂f/∂ε が kBT 程度の幅を持つため、EF 前後の状態密度が平均されること。もう一つは、電子数を一定に保つために μ(T) が EF からずれることです。ゾンマーフェルト展開で (kBT)² の次数までとると、次の式になります。

χP(T)/χ₀ = 1 + (π²/6)(kBT)² [N″/N − (N′/N)²]ε = EF

3次元の放物線バンドでは N ∝ ε1/2 なので、N′/N = 1/(2EF)、N″/N = −1/(4EF²) となり、括弧の中は −1/(2EF²) です。したがって低温展開は次のようになります。

χP(T) ≈ χ₀ [1 − (π²/12)(T/TF)²]

このシミュレーターでは N を準粒子の状態密度 N*(0) に、TF を TF* に置き換えています。増強因子 1/(1 + F₀ᵃ) は温度に依らない定数として掛けています。

内挿式(本シミュレーター独自):低温展開の式は T ≳ 1.1TF* で負になってしまうため、次の式で置き換えています。

χP(T) = χ₀ / √(1 + (π²/6)(T/TF*)²)

低温で展開すると上の T² 補正と一致し、高温では (√6/π)(TF*/T)·χ₀ となって 1/T に比例します。ただし高温側の係数は、縮退が解けた電子のキュリー則 μ₀nμB²/(kBT) の約 1.17 倍(3√6/2π)で、正確ではありません。また T² 補正の係数 −π²/12 は放物線バンドに固有の値で、状態密度の形が違えば変わります。

コメント

  1. わかりやすい!便利!字が小さくて細かいのがちょっと……

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