交代磁性があるのかないのかどっちなんだい!~RuO2の場合~

 【イントロ】

博士「はぁ~交代じゃ、交代じゃ」
学生「どうしたんですか?キャバクラですか?」
博士「違う違う違う違う今日は違う!交代は交代でも、交代磁性のことを調べておったんじゃ」
学生「交代磁性?」
博士「なんじゃ知らんのか?交代磁性とは、強磁性と反強磁性に次ぐ第三の磁性として最近発見された、新しい磁気状態のことなんじゃ。」
学生「知ってますよ、Šmejkal(流暢な発音)が提案してるやつでしょ?強磁性体のようにバンド構造にスピン分裂が生じるけれど、反強磁性体のようにNetの磁性はゼロとなっている、副格子間の反強磁性状態と解釈できる磁性体のことですよね。」
博士「そうじゃ、Šmejkal(流暢な発音)達の提案が大きなきっかけとなった研究分野じゃな。なんじゃ、知っとるじゃないか」
学生「当然です。中学入試程度です。交代磁性って、MnTeCrSb、それにRuO2で確立された概念じゃないんですか?」

よく見ると(b)がない(引用元

博士「どこ中出身じゃ。。。うむ、それらの物質でARPESが行われ、交代磁性の特徴の1つであるバンド構造の巨大なスピン分裂が観測されてNaturePRBに報告されるなど研究が加熱しておる。」
学生「ならいいんじゃないですか?流行物質どんとこい。ビッグウェーブに乗って論文を量産するタイミングですよ。h-index稼ぎましょう」
博士「しかし、そのうちの1つ、RuO2が実は交代磁性体ではなく、非磁性体なのではないかという報告がなされ議論を呼んでおるのじゃ。」
学生「どういうことですか???RuO2は異常ホール効果が見えたり、REX(共鳴弾性X線散乱)中性子散乱実験で反強磁性秩序がすでに観測されたんじゃないんですか???陰謀ですか????」
博士「それでは今回は、独ヴュルツブルク大学のPhilipp Keßler博士らによる論文、
Philipp Keßler, et al., Absence of magnetic order in RuO2: insights from μSR spectroscopy and neutron diffraction, arXiv:2405.10820
を読んでいくかのお」
学生「Absence論文、盛り上がるやつですね」


【どんな実験したの?】

博士「では説明を」
学生「ちょっと待ってください。この論文2番煎じじゃないですか?」
博士「は?」
学生「最近M. Hiraishi等による単結晶RuO2を使ったMuSR実験が行われましたよね。Ruの磁化は先行研究の100分の1程度であり、5-400Kの温度範囲で、RuO2は反強磁性でもなく単なる非磁性体だということが、すでにPRLに報告されてますよね?
後出しのこの論文にSomething Newってあるんですか????」
博士「どんな研究にも新規性はある。。。
まず、調査したサンプルからじゃな。この論文では、CVD法で作ったRuO2単結晶と、PLD法でエピタキシャル成長させた11nmのRuO2/TiO2(110)薄膜、そして購入したRuO2粉末(シグマ‐アルドリッチ、純度99.9%)を使って、サンプルの作り方によらずRuO2が非磁性体であることを示しておる」
学生「Hiraishi等による研究でも、単結晶RuO2とRuO2粉末(レアメタリック、純度99.9%)を比較してますから、新規性は薄膜の測定を行ったことですかね?
あと、単結晶RuO2の作り方の参考文献が60年前の手法ですが大丈夫ですか?
そもそもサンプル依存性を比較するなら、単純に高品質にするだけではなく、交代磁性を主張している研究グループから、「交代磁性が見えた」品質の試料をもらって比較するべきでは?」
博士「きびしいのう。。。サンプルはひとまずおいておき、この研究では中性子散乱及びMuSRの2つの実験を比較し、DFTによる理論計算も行いRuO2の磁性を調査しておる。この点は、MuSRと理論計算のみのHiraishi等の研究より優れていると思わんか?」
学生「ふむ、、、そこは認めましょう」
博士「ほっ。まずは中性子散乱じゃな。」

【磁気散乱ピークが見えない!】

博士「中性子散乱は単結晶試料を使って1.5Kで測定が行われたのじゃ。交代磁性の磁気パターンを想定すると(1,0,0)反射が期待されるため、その測定が行われたんじゃ。」
学生「RuO2の結晶構造からは禁制ピークですが、磁気秩序パターンを考慮すると生じるピークなので区別し易いということですね」
博士「うむ。中性子の入射角を調整したうえで、実験が行われたのじゃが、該当ピークは散乱角度が小さい場合は観測されるのじゃが、なぜか角度が大きい場合は観測されなかったのじゃ」
学生「どういうことですか?」
博士「つまり、小角度でみえていたピークは磁気ブラッグピークではなく、Renninger効果と呼ばれる多重散乱によるものだったと考えられるのじゃ」
学生「Renninger効果なんて100年近く前に議論された前世で習ったような効果を、先行研究では見落としていたというんですか」
博士「それはなんともいえん。少なくとも今回の実験の範囲では、先行研究で報告されたような、交代磁性秩序から期待される0.011μB以上の磁気モーメントをもつq=0の磁気秩序と整合する結果は得られなかったということじゃ」
学生「Renninger効果がキッテルに載っていればこんなことには。。。」
RuO2単結晶の中性子散乱


【スピンの振動がみえない!】

博士「続いてMuSRじゃ。MuSRは5Kから290Kの範囲で実験が行われたのじゃ。測定は、単結晶、パウダー、薄膜試料に対して行われたぞい。パウダーと単結晶はほとんど同じ結果になったので、論文ではパウダー試料の結果が議論されておる。」
学生「同じと言いつつ、測定結果を載せてないのはどうかと思いますが、まあいいでしょう。」
博士「MuSRではスピン偏極したミューオンを試料に照射、試料中に止まったミューオンは周りの磁場分布に影響を受けて回転し、2.2μs後に陽電子に崩壊する。この陽電子を捉えることで、スピンがどの向きを向いて崩壊したかをとらえ、その時間依存性から物質内部の磁場分布がわかるんじゃ。超伝導体の研究にも使われ、磁場侵入長の温度依存性と絶対値、時間反転対称性の破れに伴う自発磁化などを捉えられることでも有名じゃな」
学生「最強の測定手段じゃないですか。1ラボ1個用意できないんですか?」
博士「ミューオンを発生させる加速器が必要なんじゃ。今回実験が行われたPSIカナダのTRIUMFが有名じゃな」
学生「博士が走って加速させればいいのでは?」
博士「わお!?測定の結果、緩和率の温度依存性は150K付近でピーク構造を持つものの、バルクの磁気秩序が存在する場合と比較すると十分小さいことがわかったのじゃ。つまり、パウダー試料の測定からはバルクの磁気秩序は観測できなかったのじゃ」
学生「これ反強磁性体だとどれくらいの緩和率の値が見えるべきって参考文献つけとくべきじゃないですか?あと、バルク試料だと界面や粒界に生じる磁性を否定できないのでは?」
博士「そこでこの研究では更に薄膜試料のMuSRを行っておる。」
学生「やりますね。どうなったんですか?」
博士「薄膜試料の緩和率を、入射ミューオンのエネルギーを変えて調べたところ、薄膜RuO2の緩和率はバルクよりは大きいものの、磁気秩序が存在する場合よりは小さいのは変わらないままだったんじゃ。つまり薄膜試料でも磁気秩序は生じていないということじゃ。
そして、薄膜試料でバルク試料よりも大きな緩和率が観測されたのは、薄膜試料にはバルクよりも多くの欠陥や空乏が含まれているのが原因だと解釈しておるのじゃ」
学生「薄膜のほうが欠陥や空乏が多いと言いつつ、そこは実験で確認してないんですか?
まあ、実験で検証しない限りは任意の好きな仮説は否定されないですもんね」
博士「ふむそこはFuture workじゃな」
学生「未来があればですけどね」
RuO2パウダー試料のMuSR

【ハバード相互作用が大きすぎる!】
博士「さらにこの研究では理論計算も行っておる。」
学生「理論のない実験は数値の羅列ですからね。」
博士「そもそもRuO2の先行研究では、有効ハバード相互作用Ueff=1.4eVとしてDFT計算を行い、Ruの磁気モーメント0.866μB/Ruが算出され、実験結果の説明に使われておる。」
学生「Ruって4d電子系ですよね?Ueffがそもそも大きすぎません?」
博士「賢いのう。。。その通りで、実験結果の比較から4d電子系に典型的な小さいUeffを採用することで、今回の実験結果と整合するRuの磁気モーメント、すなわち最大でもバルクで1.4x10^-4μB、薄膜で7.5x10^-4μBという結果が得られたのじゃ。」
学生「先行研究では実験に合わせようとするあまり、例外的に大きなUeffを採用していたということですか。実験に合わせてパラメータを決めたなら、そのモデルから予測される別の結果が妥当になるか検証しないとだめですね。」
博士「教訓じゃな」
有効ハバード相互作用Ueffと磁気モーメントの大きさ


【ハッピーエンド・・・?】

学生「つまり、先行研究では、交代磁性由来ではない磁気散乱ピークを磁気秩序由来と取り違えたことが、RuO2における論争を引き起こしたということですね。全く実験には慎重さが必要ですね」
博士「全くじゃ、我々も気をつけねば・・・」

???「マッテクダサイーイ!」

博士「誰じゃ!??!」
ボブ「留学生のボブデース!RuO2の交代磁性はアリマース!」
博士「何を言ってるんじゃ、中性子散乱とMuSR実験から・・・」
ボブ「NONONO、そんな実験ダメでーす!米ミネソタ大学のSeung Gyo Jeong博士によるこの論文、
Seung Gyo Jeong et al., Altermagnetic Polar Metallic phase in Ultra-Thin Epitaxially-Strained RuO2 FilmsarXiv:2405.05838v1
をミテクダサーイ!!」
学生「どういう論文なんですか?」

【高次高調波発生はすべてを解決する!】
ボブ「この論文では、RuO2/TiO2(110)薄膜をMBE法を使って作成し、高次高調波発生を利用して、交代磁性の発達に伴う回転対称性の破れを検出してマース」
学生「サンプルの作り方が今回の論文とは違うんですね」
ボブ「That's right! 2nm以上の厚さの薄膜で560K以下300Kまでの測定を行うと、520K付近の温度以下から高次高調波発生の変化が観測され、これを解析すると、交代磁性秩序に由来すると考えて矛盾しない結果とナリマース!これは」
学生「これは、MBD法で作った薄膜では、サンプルに加わる歪がRuO2の結晶構造を変化させ、ひいては電子構造が変化し、もはや単なる反強磁性補償金属ではなくなるということですね」
ボブ「オ、オウ、ソウデース…」
学生「中性子散乱・MuSRとSHGと比較すると、
  1. サンプル作成方法の違い:単結晶と薄膜の違い、さらにPLD法とMBD法で作った薄膜試料に含まれる欠陥や空乏の違い
  2. 測定温度の違い:極低温での測定と300K以上での温度の測定
  3. 表面敏感性の違い:RuO2薄膜の表面だけが磁気秩序しており、それを高次高調波発生では観測できるが、中性子やMuSRでは観測できない
といったところがズレの原因候補ですかね。まずは、もっと広い温度で測定する、単結晶試料を測定する、またはMBD法で作ったサンプルをMuSRで測定するところから始めるのが適切なんじゃないですか?
あと、この論文でも理論計算が行われていますが、計算パラメータが載ってないですかね?サプリメントに回すといいつつ、サプリメントを論文に付属させてないってことですか?
面白い趣向どすな」
ボブ「オゥ・・・BUBUDUKE style・・・」
RuO2/TiO2薄膜の膜厚‐温度相図


【まとめ】
(ボブ帰宅)
博士「ごほん。ボブの論文のお陰でRuO2の磁性の議論がまだ終わってないことが明らかになって良かったのお」
学生「解釈以前に、実験結果を再現できないのであれば、議論以前の状態ですよね」
博士「ふむ、まずは再現性の条件の整理からじゃな」
学生「試料作製条件と実験条件をちゃんと揃えて、レファレンスといっしょに比較しないと正しく仮説を検証できない。ほしい結果が出たから正しいと考えずに、もうひとつ踏み込んで検証する必要があるということですね」
博士「うむ現実的かは別にして理想的な態度じゃな」
学生「じゃあ、私も良い指導者に逢えるまで、指導者交代を続けますね」
博士「交代知性!?!?」


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