ピピーッ!その測定、対照実験してますか?~磁場中輸送測定で超伝導の異方性を議論することの怪しさ~

 【イントロ】

博士「ついにやったぞ!」
学生「どうしたんですか?逮捕状でました?」
博士「逮捕はまだじゃ。なんと、超伝導体の異方性を磁場中輸送測定で検出することに成功したんじゃ!」
学生「すごいじゃないですか。」
博士「ふふふ、これでNature Physicsも間違いナシじゃ」
学生「ちなみに、レファレンスつかった対照実験して、測定系由来のアーティファクトの検証はしましたか?」
博士「・・・はにゃ?」
学生「なんで突然ちいかわになってるんですか。」
博士「ほしい結果が出たら、それを正当化する理屈をつけて論文にすればよいんじゃないのか・・・?」
学生「正気ですか?正気を失ってしまった博士にはこの論文を紹介しましょう。ラトガース大学のMallick博士らによる論文、
Debarghya Mallick et al., 
Ubiquity of rotational symmetry breaking in superconducting films, from Fe(Te,Se)/BiTe to Nb, and the effect of measurement geometry
です。」
博士「がんばるぞい」

©ちいかわ

【どんな論文?】

博士「ふむ・・・この論文はどんな内容なんじゃ?」
学生「この論文は、
『超伝導体の2回回転対称性の破れを磁場中輸送測定で検出しても、それが試料由来ではなく、測定系が本質的にもっている2回回転対称性を見ているだけの可能性がある』
ということを主張している論文です。」
博士「そ、そんなことがありうるのか!?」
学生「はい。それを明らかにしたのが、最初に述べたレファレンス(参照サンプル)との対照実験です。」
博士「ふむ。具体的にはどういうことじゃ?」
学生「では詳細を説明しましょう」

【モチベーション】

学生「そもそもこの論文は、磁場中輸送測定で超伝導体の異方性を検出し、非従来型超伝導を主張する先行研究の問題点を指摘しています」
博士「どういうことじゃ?」
学生「前提から説明しましょう。
最近、凝縮物性においてネマティック転移と呼ばれる自発的回転対称性の破れが注目を集めています。このような転移は鉄系超伝導体や他の非従来型超伝導体で見られています。一般にフォノン由来の相互作用は等方的な振る舞いが想定されるため、電子自由度由来の現象と考えられています。そのため、そのような相互作用が支配的な系では、フォノン由来の従来型の超伝導ではなく、電子間相互作用由来の非従来型超伝導が生じている可能性が高いと考えられます。そのため、系のネマティック応答、すなわち回転対称性の破れを検出することは非従来型超伝導状態を特定するための有力な手段と考えられています」
博士「なるほど、ここまでは理解じゃ。」
学生「先行研究で最もよく用いられていた手法は、対象の超伝導体をホールバーと呼ばれる形状に加工し、試料の電流印加方向と同じ面内に磁場を印加し、磁場を回転させて、電気抵抗Rxxや臨界電流Icの磁場角度依存性を測定する方法です。
この方法による測定において、常伝導状態では回転対称性の破れが見えず、超伝導転移温度以下では回転対称性の破れが見えるのであれば、それが超伝導状態のネマティック応答の証拠であると解釈されるのです」
ホールバーのイメージ

博士「完璧な論理の律動じゃ。何が問題なんじゃ?」
学生「著者らが指摘する先行研究の問題は、
”論文中で報告されている測定が研究対象の非従来型超伝導候補物質だけに限られている”
ことです。すなわち、比較のための等方的な従来型s波超伝導体の測定を行っておらず、結果が測定系由来のアーティファクトである可能性を排除できていないことです。」
博士「つまり、同じ測定を非従来型超伝導だけでなく、s波超伝導体で測定したら、本来異方性がないs波超伝導でも同じような回転対称性の破れが見えていた可能性があるんじゃないかってことかのう?」
学生「その通りです」
博士「ははは、面白いことを言う。原理的にs波超伝導体では回転対称性は破れんじゃろ。君は研究者よりも小説家のほうが向いているんじゃないかのう」
学生「では今回の論文の詳細をみていきましょう」



【論文では何をした】

学生「論文では、2つの物質を比較しています。1つはFe(Se,Te)/Bi2Te3という鉄系超伝導体とトポロジカル絶縁体のヘテロ構造(FBT)です。これはトポロジカル超伝導候補である鉄系超伝導体Fe(Se,Te)とトポロジカル絶縁体であるBi2Te3の積層構造です。鉄系超伝導体はネマティック応答を示すことがよく知られており、非従来型超伝導体であることが示唆されています。」
博士「ふむ、流行り物質じゃな」
学生「もう1つが、Nbです。これは、典型的な従来型のs波超伝導体であり、等方的な応答を示すことが期待されます。」
博士「こちらも典型的な物質で比較対象としては妥当そうに思えるな」
学生「この研究では、両物質の薄膜を作製し、面内磁場を回転させながら磁気抵抗と臨界電流測定を行っています。」
博士「さて、どういう結果になったのかのう?」
学生「まずFBTは超伝導転移温度以上では、磁場角度依存性を示しませんでした。一方で超伝導転移温度以下では、磁気抵抗と臨界電流ともに2回回転対称性の破れを示すことを観測しました。ここで、磁気抵抗は下部臨界磁場を超える磁場で異方性を示しています。FBTは結晶構造に基づくと12回回転対称性を持つため、この結果は自発的回転対称性の破れを示唆しています。」
FBTの磁場中輸送測定結果

博士「予想通りじゃ!これはFBTのネマティック応答を示していて、FBTが非従来型超伝導であることを意味しておるんじゃ!Nature Physics待ったなしじゃ!」
学生「早漏ですか?」
博士「ぐぎぎぎぎぎぎぎ」
学生「このような実験結果は、過去の研究では非従来型超伝導の証左であると主張されています。一方で、対照実験として従来型超伝導体を同じプロトコルで測定したらどうなるのか?そこがこの研究の肝となっています。」
博士「うむ、では聞こう」
学生「論文では、多結晶Nb薄膜でFBTと同じ実験を行ったところ、なんとFBTと同じ磁気抵抗と臨界電流の磁場角度依存性、すなわち2回回転対称性が観測されました」

Nbの磁場中輸送測定

博士「なんじゃと!?!!?!?」
学生「Nbは典型的等方的s波超伝導と考えられており、さらに多結晶での測定は、単結晶中に存在するかもしれない異方性が全体として相殺されていると考えられます。
かくして、ホールバーを使った磁場中輸送測定で等方的なはずの物質を測定しても、回転対称性の破れが観測されるうることが示されたのです」
博士「なんということじゃ・・・」

【どうしてこうなった】

博士「しかし、どうしてそんなことが起きるんじゃ?」
学生「著者たちは、現象論的な簡単な考察から理由を提案しています。彼らの考察によれば、そもそもホールバーを使った磁場中輸送測定で面内で磁場を回転させると、本質的に2回回転対称性が現れるというのです」
博士「なんですと?」
学生「ホールバーに流れる電流に対して面内に磁場をかけると、電流と磁場が同じ方向だと、キャリアにローレンツ力は働きません。一方で、電流と磁場が垂直な方向になると、ローレンツ力は最大になります。つまりキャリアに働くローレンツ力は本質的に2回回転対称性を持つということです」
博士「まてまて、じゃあなぜ超伝導転移温度以上の常伝導状態では2回回転対称性が見えないんじゃ」
学生「電流と磁場が面内方向で垂直なとき、ローレンツ力は面外方向に働きます。この結果このローレンツ力をキャンセルするような電場を生じるまでキャリアは試料の表面に移動します。そのため、キャリアは実効的にローレンツ力を受けていないように運動します。これが、常伝導状態で2回回転対称性が見えない理由です」
博士「で、では超伝導状態ではどうなんじゃ」
学生「超伝導状態ではマイスナー効果により磁場が排除されますが、下部臨界磁場を超えると、試料中にボルテックスが生じ磁束が侵入します。この状態では、ボルテックスにローレンツ力が働き散逸が生じるため、電気抵抗が生じます。この散逸はローレンツ力に比例するため、生じる電気抵抗や臨界電流は超伝導状態の対称性に関係なく、2回回転対称性を示すのです」
博士「わ、わおーーーん。。。」
超伝導状態のボルテックスに働くローレンツ力のイメージ

【じゃあどうしよう】

学生「今回の結果の解釈は注意が必要です。今回の実験が示すのは、異方性の起源が必ず測定ジオメトリ由来のものというわけではなく、超伝導状態の対称性を反映しないわけでないということです。重要なのは、磁場中輸送測定で超伝導状態の対称性、異方性を議論するためには対照実験によるジオメトリの影響の排除が必要ということです。」
博士「例えば、コルビノ円盤を使った測定じゃな」
コルビノ円盤での測定例(Li, J., Pereira, P.J., Yuan, J. et al. Nematic superconducting state in iron pnictide superconductors. Nat Commun 8, 1880 (2017). )

学生「そうですね。その際にも等方的物質を使った比較実験は必要でしょう。例えば、コルビノ円盤で鉄系超伝導体の一種である(Ba,K)Fe2As2のネマティック応答を調べた研究(上図)は、実験系としてホールバーでの測定より妥当に思われますが、参照物質での比較が行われていないように見えます。
原理的に測定系の異方性を排除できるといっても所詮は原理、実際の実験系がその暗黙の条件を満たしているとは限りません。あるべき測定として、前提としている原理が検証可能ならば検証すべきでしょう」
博士「うむむ、測定結果の信頼性を高めるには必要と言われればその通りじゃ。。。」
学生「研究は巨人の肩にのることが重要ですが、自分の乗っている巨人が信頼できるものなのか、そして自分が信頼できる巨人になれるのか。研究結果の信頼性を高める努力は続けられるべきでしょう」
博士「そうじゃな。いやはや、学生に御高説を説かれるとは、ワシもまだまだじゃな。」
学生「わかってくれればよいのです。伸びしろありますよ、博士。」
博士「よし、では改めて実験をやりなおすぞい!・・・と言いたいところじゃが、もう研究予算がなくてのう。。。欲しい実験結果をAIで作ってよいか?」
学生「もう研究やめろ」


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