「C-S-H系高圧超伝導は本物なのか論争」を自分でもチェックしてみる。

【イントロ】
 最近、人類最初の室温での超伝導状態の実現として、R. Dias等によるC-S-H系高圧超伝導論文[1]がNatureに掲載され注目されています。超伝導物質の特定、他グループによる追試、結晶構造の特定などまだまだ明らかにする問題が残っています。しかし、注目されている原因の1つとして、「そもそも最初の論文で報告されたデータは本物なのか?」という批判にさらされている点があります。
 この批判は、アメリカの物理学者、J. E. Hirschによって主になされています。Hirschによれば、電気抵抗の転移が磁場で幅広くならない、磁化率の振る舞いが過去に報告されたEu高圧超伝導の結果に似ている、検証の生データをDiasらに要求しても提供されないなど様々な批判を行っています[2]。一方でDiasらも超伝導の標準理論であるBCS理論を批判するようなトロールであるHirschに提供するデータはない、高圧下の実験をHirschは理解していないなど様々な反論を行っています[3]。この論争は、Hirschの批判論文がDiasらとの私信を勝手に批判論文に含めたことで掲載取り下げになったり、Diasらの共同研究者が関わったEu高圧超伝導論文[4]が撤回されたり、激しい戦いとなっています。
 本記事では、このHirschの最新批判論文[5]について取り上げたいと思います。

【最新の批判論文の内容】
 C-S-H系超伝導の報告以来、Hirschはそのデータの解釈について批判を続けています。その妥当性は別として、批判に答える形としてDias等は実験の詳細や、磁化率の生データを載せた反論論文[6]を2021年末にArxivに投稿しています。最新の批判論文では、Hirschはこの生データを解析し、そのデータが操作(Manipulate)されたものである可能性を指摘しています。

 その内容をみてみます。まず、Nature論文に報告され磁化率と、反論論文に掲載された生データによる磁化率の結果が以下の図です。磁化率の振る舞いは良く似ており確かに生データが掲載されていることが見て取れます。
 ただし、この再現についてヤバいところが1つあります。それは反論論文に掲載された生データが、表形式ではなく図として貼り付けられているため、Hirschらは1つ1つの数値を読み取りデータに直している点です。興味深いのは、この160GPaのデータだけ図で貼り付けられていて、他の圧力のデータはちゃんと表形式として掲載されコピペが可能になっている点です。明らかに意味不明なDiasらの対応の理由はよくわかっていません。
図、磁化率の生データ(左)とNatureに掲載されたデータ(右)


図、これは表形式

図、コレは画像、なんでやねん


 さて、この生データについて、Hirschらは隣の温度との差分をとってみることで、データに不自然な飛びがあることを指摘しています。更にこのトビが、0.16555という値の整数倍になっていることから、Hirschらはこれが生データからよくわからないバックグラウンドの引き方をした結果であり、実際のデータを「Manipulate」したものである可能性を指摘しています。つまり、反論論文で主張されている直線バックグラウンド除去以外の操作を行っているのではないか?、ということのようです。
図、謎のデータ操作が行われていると主張されている160GPaの磁化率(左上)と、
Hirschらがそこから再現した本来の生データ(左下)

 さて、このHirschらの指摘が妥当なのか、試しにDiasらが報告している他の圧力の生データで、同じ様に磁化率の温度差分を調べてみました。もし他のデータでもみえれば、装置の特性の可能性もあるかと考えるからです。
 下の図(上)はDiasらの反論論文[6]に掲載されたコピペ可能な圧力、189GPaの磁化率の生データです。この生データから直線のバックグラウンドを差し引いたのが磁化率となると論文中に記載されています。図(中)は図(上)から直線BGを引いた結果で、たしかに160GPaに似た超伝導転移ぽくなっており、Tc=198Kくらいに読み取れます。このデータについて、温度差分をとったのが図(下)となっています。図からは、Hirschの指摘するようなトビは確認できません。つまり、データのトビは装置の特性ではなさそうです。
 今回の結果は、すべての圧力で飛びが存在するわけではない可能性を意味しています。160GPaのデータはHirschらが頑張って図から読み取って手入力した値なのでミスが含まれているのかもしれません。自分でも追試してみればよいのですが、手入力が面倒臭すぎるので断念です。まさかこれがDiasらの狙い・・・?
 いずれにせよ、なぜか読み取りづらくした160GPaのデータだけ謎の操作(Manipulate)がされている可能性は否定できませんでした。
図(上)、189GPaの磁化率の生データ
図(中)、そこから直線のバックグラウンドを差し引いたデータ
図(下)、さらに横の温度の値との差分をとったデータ

【まとめ】
 HirschらのC-S-H系高圧超伝導に対する批判論文でなされている検証を、自分でもやってみました。Hirschらが疑問視している、なぜか図で貼り付けられた圧力以外の生データの1つでは、Hirschらが見つけたデータの謎のトビは確認できませんでした。これだけでは何も言えませんが、C-S-H系高圧超伝導の著者たちがどのような再反論を示すのか、今後の動向が愉しみです。

【参考文献】
[1] Snider, E., Dasenbrock-Gammon, N., McBride, R. et al. Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride. Nature 586, 373–377 (2020).
[2] Jorge E Hirsch, On the ac magnetic susceptibility of a room temperature superconductor: anatomy of a probable scientific fraud, arXiv:2110.12854
[3] Breakthrough or bust? Claim of room-temperature superconductivity draws fire, doi: 10.1126/science.acx9428
[4] M. Debessai, et al., Retraction: Pressure-Induced Superconducting State of Europium Metal at Low Temperatures [Phys. Rev. Lett. 102, 197002 (2009)], Phys. Rev. Lett. 127, 269902 – Published 23 December 2021
[5] Dirk van der Marel, Jorge E Hirsch, Comment on Nature 586, 373 (2020) by E. Snider et al., arXiv:2201.07686
[6] Ranga P. Dias, Ashkan Salamat, Standard Superconductivity in Carbonaceous Sulfur Hydride, arXiv:2111.15017





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