も~痩せたいよ~!-電子ちゃんの有効質量事情-

【イントロ】

痩せたい。。。
何だこのお腹の贅肉は…
痩せるにはどうすればいいだろう?
そうだ!ダイエットは体重測定から!

そこで、この記事では固体中の電子の有効質量を測定する方法を調べてみました。


【方法】

がんばってしらべました。
有効質量は本当はテンソルになりますが、まあ細かいことはおいときましょう。

【結果】

<常伝導状態>

●比熱
比熱は単位質量の物質の温度を単位温度上昇させるために必要な熱量のことです。比熱に寄与する成分はフォノンや電子、マグノンなど色々あります。この内電子比熱成分は低温で温度に比例することが知られています。そのため、比熱の温度依存性から電子比熱成分を抽出することが可能です。自由電子の場合、次のような式になることが知られています。
Wikiより
状態密度が質量に比例することから、電子比熱成分を測定することで、電子の有効質量が測定できます。上記の式は自由電子に対するものですが、フェルミ液体理論によれば、電子相関の効果は有効質量に繰り込み、自由電子のように扱う事ができることが知られています。そのため、電子相関が強ければ電子比熱係数の増大が観測できます。
ダイエットぉぉぉぉ
例えば重い電子系と呼ばれる電子相関の強い物質系では、電子相関により電子が実効的に重くなり、電子比熱係数が通常金属の1000倍程度になるものも知られています。
電気抵抗の電子散乱成分の係数と電子比熱係数を比較した門脇-ウッズ則の図。
右に行くほど電子相関が強い(デブ)
Jacko, A., Fjærestad, J. & Powell, B. A unified explanation of the Kadowaki–Woods ratio in strongly correlated metals. Nature Phys 5, 422–425 (2009). https://doi.org/10.1038/nphys1249

また、量子相と量子相の境界、すなわち量子臨界点では電子相関が強くなり、電子比熱係数が増大することも知られています。
相撲部屋で生活すると体がおっきくなるみたいな感じですね。
Ni(S,Se)2の量子臨界点での振る舞い。
十倉、「d電子系の金属 : 絶縁体転移 : 電荷ダイナミクスの観点から


●量子振動
磁場中で各種物理量が振動する現象は、量子振動と呼ばれています。特に磁化の量子振動は、ド・ハース-ファン・アルフェン効果と呼ばれます。この振動の周期、振幅は金属のフェルミ面と関連していることが知られています。


磁化の量子振動の表式。
木村、ドハース・ファンアルフェン効果とフェルミ面(強相関伝導系の物理若手夏の学校,講義ノート)
金属中に複数のフェルミ面が存在する場合、各フェルミ面ごとのサイクロトロン有効質量がわかります。
つまりお腹周りだけ太ってる、二の腕が気になる…そういったこともわかるんですね。

●サイクロトロン共鳴
さて、サイクロトロン有効質量を求める手法として、もう一つ、サイクロトロン共鳴と呼ばれる手法があります。量子振動とサイクロトロン共鳴で得られる有効質量は、単純な金属では同じになりますが、強相関電子系では異なりうることが知られています。[参考サイト
実際、鉄系超伝導体KFe2As2について、量子振動から見積もられた有効質量は自由電子の約6倍の一方、サイクロトロン共鳴で求められた値は約3倍であり、異なる値が報告されています。
軽くなる体重計が一番ですね。
サイクロトロン共鳴の実験セットアップ
Motoi Kimata et al 2012 J. Phys.: Conf. Ser. 400 022054

銅酸化物でも、電子比熱から求めた有効質量増大の組成依存性と、光学伝導度から求めたサイクロトロン質量の組成依存性が一致しないことが報告されています。
銅酸化物LSCOの擬ギャップ量子臨界点での電子有効質量の振る舞い
A. Legros et al., Phys. Rev. B 106, 195110



●光学伝導度
固体中の自由電子の電磁波に対する応答、いわゆる光学伝導度は、Drudeモデルにより解析されます。特に強相関電子系では、各種パラメータの周波数依存性を考慮した拡張Drudeモデルによる解析を行うことで、電子相関の影響を考慮した光学的有効質量を見積もることが可能です。
見た目で太ってるところがわかるってことですね。
Drudeモデルの表式
電子相関の強さによる光学伝導度の違い
D. N. Basov, Richard D. Averitt, Dirk van der Marel, Martin Dressel, and Kristjan Haule, Rev. Mod. Phys. 83, 471 

●ARPES
ARPES、いわゆる角度分解光電子分光法は、固体中での電子の運動量とエネルギーの分散関係を直接観測できる最高の装置です。一家に一台ほしいレベル。
自由電子の場合、エネルギーと運動量の二乗の比例関係の係数が電子質量なので、分散関係が分かれば固体中の有効質量を求めることができます。また、ARPESはバンドごとの分散関係を求めることが可能なため、バンド依存した有効質量を求められます。
量子振動なんかに負けない!

FeSe/STOのバンド分散と有効質量のキャリア濃度依存性
Wen, C., Xu, H., Chen, C. et al. Anomalous correlation effects and unique phase diagram of electron-doped FeSe revealed by photoemission spectroscopy. Nat Commun 7, 10840 (2016). https://doi.org/10.1038/ncomms10840


<超伝導状態>

●磁場侵入長
超伝導電子の質量を求めるには、その重さを反映した物理量を測定するのが一番です。その代表例が磁場侵入長の絶対値です。超伝導電子の電磁応答を表すロンドン方程式に基づけば、磁場侵入長は、以下の式で表されます。
Wikiより
磁場侵入長(もしくは逆数、いわゆる超流動密度)の絶対値はMuSRやトンネルダイオード法、NMR、または光学伝導度から決定することが可能です。
MuSR:Uemura, Y., Keren, A., Le, L. et al. Magnetic-field penetration depth in TI2Ba2CuO6+δ in the overdoped regime. Nature 364, 605–607 (1993).
トンネルダイオード:London Penetration Depth Measurements Using Tunnel Diode Resonators, Journal of Low Temperature Physics volume 208, pages119–146 (2022)
NMR:Electron Mass Enhancement near a Nematic Quantum Critical Point in NaFe 1 − x Co x As, Phys. Rev. Lett. 121, 167004 – Published 19 October 2018
光学伝導度:Božović, I., He, X., Wu, J. et al. Dependence of the critical temperature in overdoped copper oxides on superfluid density. Nature 536, 309–311 (2016).

一般に、非従来型超伝導体は量子臨界点近傍に超伝導ドームを形成することが多いです。量子臨界点では電子相関が強くなるため、常伝導電子の有効質量が増大します。この有効質量の増大が超伝導電子にも影響を与えているのか?という疑問に磁場侵入長の測定は答えを与えてくれます。BaP122の磁場侵入長の測定では、たしかに量子臨界点近傍で、磁場侵入長の絶対値が増大していることが報告されています。
太っても抵抗がない!理想のボディが超伝導体!
量子臨界点近傍での磁場侵入長の発散的増大の観測
Science 336, 1554-1557 (2012)
磁場侵入長(超流動密度)と超伝導転移温度の関係。いわゆる植村プロット。
Science 336, 1554-1557 (2012)


●クーパー対質量分光
「ちょっとまって!磁場侵入長の絶対値(の二乗)って、m/nを測ってるのであって、超伝導電子の質量mを直接測ってなくない???」と心の贅肉が叫んでいます。
では、超伝導電子の質量、すなわちクーパー対質量を直接測定する手法はあるのでしょうか?
いくつか提案と実験が報告されています。
スタンフォード大学のJ. Tateらはクーパー対質量に対する相対論的効果の補正を調査しました。ニオビウムの超伝導リングを磁場中で回転させる実験を行い、クーパー対の質量がほぼ電子質量の2倍となっていることを確認しました。実験目的としていた理論の検証はできなかったようですが、クーパー対の質量が確かに電子2個分であることを確認した結果になっています。
※参考:B. Cabrera and M. E. Peskin, Phys. Rev. B 39, 6425 – Published 1 April 1989
J. Tate et al., Phys. Rev. Lett. 62, 845

また、ベル研では、銅酸化物YBCOを利用した超伝導カイネティックインダクタンスの測定から有効質量の見積もりが行われています。有効質量とキャリア数を独立に測定することで、転移前後でキャリア数が変化しないこと、そしてクーパー対の有効質量が自由電子の5倍となっていることを確認しています。
※A. T. Fiory, A. F. Hebard, R. H. Eick, P. M. Mankiewich, R. E. Howard, and M. L. O’Malley, Phys. Rev. Lett. 65, 3441 
転移温度前後のキャリア数の変化
転移温度以下のキャリアの有効質量



最近では、ブルガリアのグループが電場による表面磁化を利用したクーパー対質量の測定が可能な新たな実験セットアップを提案しています。
超伝導体の表面磁化を測定するセットアップ
T. M. Mishonov et al., Phys. Scr. 95 065501 (2020)

また、V. Kozhevnikovらは、MuSRと偏極中性子散乱の実験からクーパー対質量を求めています。彼らは、磁場侵入長の絶対値とピパード長ξからインジウムのクーパー対有効質量がほぼ自由電子の2倍であることを確認しています。

磁場侵入長の温度依存性と有効質量。トンネル分光と理論との比較。
V. Kozhevnikov et al.,
Phys. Rev. B 87, 104508
arXiv:1209.3502
※図はArxiv版から。

【まとめ】

固体中の電子の有効質量を、常伝導状態、超伝導状態で測定する方法を調べてみました。
色々ありますね。
俺が太っているのは電子相関のせいだということが良くわかりました。
この世から電子相関を消し去りたい!
あ~~もう~~痩せたいよ~~!




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