トポロジカルカゴメ金属AV3Sb5 (A=K, Cs, Rb) ってどこまでわかってるの?

 【イントロ】

 固体物性の研究にも流行り物質というものがあります。
銅酸化物や鉄系超伝導といった高温超伝導体、トポロジカル絶縁体、最近ではマジックアングルグラフェンに始まるツイストロニクスが流行している(していた)研究と言えるでしょうか。
 そんな最近の流行研究の1つとして、トポロジカルカゴメ金属、AV3Sb5 (A=K, Cs, Rb)の研究が挙げられます。毎日のように新しい研究がCond-matに挙げられ、その新奇な物性が明らかになりつつあります。
 一方で、ワイの人生は辛いです。
 そこで本記事では、AV3Sb5の物性がどこまで明らかになってきているのか、気晴らしにまとめてみました。主な記載内容は、昨年9月にCond-matにK. Jiang氏らによって報告されたレビュー[1]を元にしています。

【モチベーション】

カゴメ格子上のフェルミオンの電子相関と幾何学的フラストレーションの関係がホットトピックになっています。関係する現象としては、例として以下の物性が議論されています[1]。その研究対象の物質として、AV3Sb5に注目が集まっています。
・Dirac電子
・Diracギャップ
・量子異常Hall効果
・フラットバンド
・分数Chern絶縁体
コレはまさに創発カタログ。

【合成方法】

ASb2(A=K, Cs, Rb)を使ったフラックス法で作成されているようです[2]。
アルカリ金属の扱い大変そう(こなみ)
しかし結晶は結構大きくて良さげ。

【結晶構造】

結晶構造はP6/mmm[1]。
V-Sbのシートの間に、A原子が挟まった二次元的な構造をしています。
V原子からなるカゴメ格子の中心にSbの三角格子が形成されています。
A原子はSbシートの上下で三角格子を作っています。
うーん、これはカゴメ格子。


【電気抵抗と比熱に見られる相転移】

○電気抵抗の温度依存性
常伝導状態では、電気抵抗ρ(T)はフェルミ液体的温度依存性を示します[1]。
ρ(T) = ρ_0 + AT^2 
ここで、ρ_0は残留抵抗、Aは係数。
二次元的な結晶構造を反映して、ab面内とc軸方向の抵抗の比は600程度あるが、温度依存性は同じになっていておもしろいです。
○相転移に伴う異常
T=90K付近に電荷密度波(CDW)転移に伴う異常(T_CDW)があり、さらにT=1K付近で超伝導転移する(T_c) 。各転移温度は、A原子によって異なっています。
異常は、電気抵抗と比熱で観測されている。
A原子サイズの系統性はないんだなぁ。




【バンド構造】

○バンド構造
複数の軌道成分によりフェルミ面近傍のバンド構造は形成されています[1]。
・Γ点付近は、電子的バンドで、Sbのp_z軌道由来
・BZ境界付近は、Vのd電子由来
また、M点付近には2つのファンホーフ特異点(VHS)が存在します。
結晶構造を反映し、フェルミ面は2次元的筒状の形状となっています。
○トポロジカル性
M点のバンド反転に伴い、Z_2 トポロジカル指標を持つ。そのため、非従来的表面状態が生じています。
これらのバンド構造はARPESで観測され、DFTで計算された結果ともよく一致しています。
DFTとARPESは合わないという一部の強相関電子系特有の偏見があったけど、一致するものはよく一致するんだなぁ。


【電荷密度波秩序】

○磁気秩序の有無
●中性子散乱、MuSR、NMR:長距離磁気秩序が存在しません[1]。
そのため、CDWは純粋に電荷自由度由来と考えられています。

○ギャップサイズ
●ARPES:CDW転移に伴うギャップは、BZ境界のV原子のd軌道由来バンドで開くが、Γ点のSbのp_z軌道由来のバンドでは開いていません。
ギャップサイズはフェルミ面近傍で50meV程度で運動量空間方向依存しています。また、フェルミ面以下のエネルギーでも開いており、125~150meVのサイズとなっています。

○CDW転移による構造の変調
●表面
STM:Sb表面に2x2超格子を示す電荷変調が観測されています[1]。
●バルク
STM、NMR:CDWは3次元性がある。
但し、測定サンプルの結晶性を反映してか、物質ごとに変調が異なることが報告されており、はっきりしていません。
・2x2x2変調:KV3Sb5の場合
・2x2x2 または2x2x4変調:CsV3Sb5の場合
CDWギャップも2x2変調していることから、新奇な電子カイラリティの存在が示唆されています。


【時間反転対称性の破れと異常ホール効果】

○時間反転対称性の破れ(Time reverse symmetry breaking, TRSB)
CDWは電荷自由度由来であり、電荷は時間反転対称なので、TRSBが見えるのは不思議なことです[1]。
●STM:CDW転移に伴い、6つのQ_3Qベクトルがフーリエ変換したスペクトルに観測。
この内3つのベアごとに強度が異なっており、それぞれ磁場の応答が異なるため、何らかのカイラリティの影響を受けていることが示唆されています。
●MuSR:T_CDW以下で緩和率の増大が見えている。しかし、CsV3Sb5の場合、T_CDWよりも低い温度から増大が見えています。
TRSBとCDW転移が対応しているかは要検討の模様です。
○巨大な異常ホール効果
異常ホール効果が、T_CDW以下で観測されている。内的Berry曲率メカニズムと外的不純物メカニズムの両方が寄与している模様です。
異常ホール効果の大きさはゼロ磁場極限でゼロになっていることから、隣接するカゴメ格子、またはドメイン間で位相反転が生じてTRSB状態となっている可能性があります。
今後、Kerr効果や偏極中性子散乱など他のTRSB測定が期待されている模様です。

【反転対称性とネマティック液晶性】

反転対称性は破れていないが、ネマティック液晶性が見えています[1]。
○対称性
P6/mmmの結晶構造の場合、D6h対称性を持ちます。
CDW転移で並進対称性、TRSBで時間反転対称性が破れると残る対称性は3つ。
・C6回転対称性
・反転対称性
・鏡映対称性

○反転対称性は、破れてなさそう。T=6~120Kの範囲でSHGから確認されています。

○回転対称性は、破れていそう。但し、ネマティック液晶性が観測されるのはT=15~60Kからであり、CDW転移とは別物として生じている可能性があります。
ネマティック液晶性は以下の測定で観測されています。
●STM:観測されたQ_3Qベクトルのピーク強度の対称性の破れから確認。
●MuSR:T_CDWでの緩和率の増大に加えて、T=30K(CsV3Sb5)で追加の増大が確認。
●コヒーレントフォノン分光:T=30Kで異常が確認。
●ラマン分光:T=30Kで異常が確認。


【理論】

DFTの結果はARPESとよく合う。つまり電子相関は強くないです[1]。
○CDW状態の結晶構造
CDW状態を安定化させる結晶構造が探索され、Star of David構造(SOD)と、Tri-Hexagonal構造(TrH)が提案されています。
●XRD、STM、量子振動:TrHがT_CDW以下で実現しているぽい。但し、SODをとTrHを平均化したような構造も報告されています。

○CDWとTRSBの起源
長年議論されているフラックス状態が実現している可能性があります[1]。
フラックス状態は、ハニカム格子上のハルデンモデルや、銅酸化物の擬ギャップ相に関連されて議論されてきたが実現されていません。
フラックス相のメカニズムとしては以下が提案されています。
・VH不安定性に伴う、3Q電子不安定性
・カイラルスピン密度波
・電荷ボンド秩序
・Intra-unit cell CDW秩序
・d+id SC
繰り込み群計算で主要な電子的不安定性を解析すると、「imaginary CDW状態」が主要な不安定性でフラックス相の仮説と一致するが、現実的なパラメータの範囲で現実化できるかは不明な模様です。
なるほどわからん。



【超伝導】

フルギャップs波対称性を示す結果と、ノーダルギャップを示す結果が報告されています[1]。
また、マヨラナゼロモード、ペア密度波といった新奇現象も報告されています。
○フルギャップs波対称性説
●NMR:ナイトシフトはT_c以下で減少することからスピン1重項
●NMR:T_c直下でHebel-Slichterピークがみえることから従来型s波対称性
●MuSR:T_c以下で、追加のTRSBは見えていない
●λ(T):指数関数的な温度依存性でフルギャップ
●STM:非磁性不純物に対してSCはロバスト、磁性不純物に対して破壊的
●ARPES:V由来バンドに電子格子相互作用の兆候を観測
○ノーダルギャップ説
●κ(T) :熱伝導の残留成分が有限。またその磁場依存性がd波対称性の銅酸化物に似てる。
●STM:フルギャップ型とノーダル型のマルチギャップな振る舞いを観測
これらの不一致の原因として、多軌道バンド構造を反映して、フルギャップの部分とノーダルな部分があり、それぞれの寄与を観測している可能性を示唆している。
○マヨラナゼロモード
マヨラナゼロモード(MZM)の兆候が観測されています。
Fu-Kaneの予言した、「Dirac表面状態にs波超伝導を近接させると、Dirac表面状態の渦糸の中心にMZMが現れる」という現象が見えている可能性があります。
これまで発見された、Bi2Te3/NbSe2、Fe(Te,Se)、LiOHFeSeの振る舞いと似ているらしいです。


○ペア密度波
クーパー対密度が空間変調する、PDW状態が観測されています[1]。
○超伝導とCDWの競合
圧力、または元素置換することでCDW転移が抑制され、T_cが上昇します。さらに圧力/置換(Ti, Sn置換)を増やすと、新しい超伝導ドームが現れ、2ドーム構造となることが報告されています[1,3]。


【その他の現象】

○電荷4e/6e超伝導の可能性
BCS理論の枠組みを超える、電荷4e/6e超伝導の発見[4]。ショット雑音もみてみたい。


○異常熱ホール効果、異常ネルンスト効果
異常ホール効果だけななくて、異常熱ホール/ネルンスト効果も観測されています[5]。
特に異常熱ホール効果は、理論的な予言より大きな値のため、未知の中性粒子の寄与がありそうとなっている模様。


○非従来型Plannarホール効果
温度、磁場依存する回転対称性をもつ振動が観測されています[6]。Nematic応答の一環か?


○ネルンスト効果とゼーベック効果の量子振動
CsV3Sb5のネルンスト効果がT=30K以下で増大します[7]。カイラルフラックス相の発現による時間反転対称性の破れに起因すると見られています。ゼーベック効果の量子振動は、CDW転移により2つに分裂したDiracバンドに起因すると解釈されています。


○光学伝導度
T_CDW以下で部分的なギャップが開いていることが観測されています[8]。ギャップは2種類あって、1つは100meVくらい、もう一つは45meVくらい。後者はT=50K以下くらいで発達する。ネマティック液晶相と関連してるのかな?


【まとめ】

トポロジカルカゴメ金属、いろんな物性を示しますね。
幾何学的フラストレーションと超伝導、電子相関、CDW、TRSB、MZM、ネマティック応答、、、なんでもあ(ry、様々な現象が絡み合って新しい物理の発見が期待されます。
今後も要注目な物質です!

【参考文献】
[1] Kun Jiang et al., Kagome superconductors AV3Sb5 (A=K, Rb, Cs), arXiv:2109.10809
[2] C. Mielke III et al., Time-reversal symmetry-breaking charge order in a kagome superconductor, arXiv:2106.13443 (Nature 602, 245-250 (2022))
[3] Yuzki M. Oey et al., Fermi level tuning and double-dome superconductivity in the kagome metals CsV3Sb5−xSnx,  arXiv:2110.10912
Haitao Yang et al., Doping and two distinct phases in strong-coupling kagome superconductors, arXiv:2110.11228
[4] Jun Ge et al., Discovery of charge-4e and charge-6e superconductivity in kagome superconductor CsV3Sb5, arXiv:2201.10352 
[5] Xuebo Zhou et al., Anomalous thermal Hall effect and anomalous Nernst effect of CsV3Sb5, arXiv:2111.00727
Yuhan Gan et al., Magneto-Seebeck effect and ambipolar Nernst effect in CsV3Sb5 superconductor, arXiv:2110.00289 (Phys. Rev. B 104, L180508(2021))
[6] Leyi Li et al., Unconventional Planar Hall Effect in Kagome Metal KV3Sb5, arXiv:2110.07538
[7] Dong Chen et al., Anomalous thermoelectric effects and quantum oscillations in the kagome metal CsV3Sb5, arXiv:2110.13085
[8] M. Wenzel et al., Optical investigations of RbV3Sb5: Multiple density-wave gaps and phonon anomalies, arXiv:2112.07501

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