ミスコン!~失敗した超伝導理論たち~


 

【イントロ】

人生に失敗はつきものですよね。
大切なのはそこから学びを得て、次につなげていくこと。
同じところをぐるぐる回っているだけじゃだめってことです。
逆に、成功したものの裏側には大きな失敗があったのではないかと興味が湧いてきます。

ということで、本記事では成功した理論の代名詞、BCS理論の裏側に存在した失敗した理論(Miss Superconductivity Theory, ミスコン)を紹介していきたいと思います。

【手法】

 BCS理論50周年の記念論文誌、「Bardeen Cooper and Schrieffer: 50 YEAR」にJoerg Schmalianが投稿した論文「Failed theories of superconductivity」(arxiv)にもとづき、その内容を紹介する形で作成しました。
なので、本記事でご興味を持った方は詳細な内容を当該論文でご確認ください。

【内容】

 超伝導現象は、1911年にオランダのHeike Kamerlingh Onnesが発見した現象で、極低温の超伝導転移温度(Tc)以下で電気抵抗の値が突然ゼロになる現象です。この現象の理論的解明にはおよそ50年の月日を要し、最終的にBardeen、Cooper、Schriefferの3名の研究者に依る理論、いわゆるBCS理論により解決に至りました。
 超伝導現象を説明するBCS理論の骨子は電子格子相互作用による電子対の形成です。この理論は、物質中の格子振動、フォノンを介して2つの電子の間に引力相互作用が働きクーパー対と呼ばれる電子対を形成し、そのクーパー対がボーズ・アインシュタイン凝縮のような量子凝縮を起こすことが超伝導現象の本質であることを説明します。
 研究者たちがBCS理論に行き着くまでには多くの理論家による超伝導理論に対する挑戦がありました。以下ではそれらの理論を紹介していきます。

【Einsteinの挑戦】

 1922年に開催されたOnnesの教授就任40周年記念会において、A. Einsteinは超伝導理論の難しさについて講演しました。当時のEinsteinは、ある種の1次元ソリトンが生じる「Molecular conduction chain」が超伝導の起源であると考えていました。つまり物質特有の化学的な性質が超伝導に影響していると予想していました。そこでEinsteinは「2つの超伝導体をくっつけると界面で超伝導流が途切れるはずだ」との予言を行いました。
 この予言は、その後のPbとSnをくっつけたOnnesによる実験により否定されミスコンとなりましたが、超伝導現象が多体現象であることを見抜いた点は、Einsteinの慧眼であるといえます。

【Landauの挑戦】

 当時、物質が超伝導転移するより高温の状態、いわゆる常伝導状態の金属の振る舞いの理解も不十分な状況でした。P. Debyeの金属理論によると、常伝導状態の電気伝導度は電子の散乱率に比例することから、超伝導とはこの散乱率が無限大になり散乱が生じなくなる、いわゆる完全導体化ではないかと当時は議論されていました。
 そんな中、L. Landauは、「Tc直上では散乱率が有限なのに、Tc以下ですべての相互作用が急激にゼロになるのは考えづらい」と別の考えを検討しました。そこでLandauは超伝導状態の自由エネルギーが有限の電流密度の4乗に比例するものとして記述できるという理論を提案しました。この考えは超伝導転移に伴う比熱のトビを説明できましたが、電流密度の温度依存性が実験と一致せずミスコンであることが判明しました。
 誤りと判明したこの自由エネルギー理論ですが、有名なLandauの相転移理論(自由エネルギーが秩序パラメータの4乗に比例する)の4年前に報告されており、その前触れとなったことから重要な検討内容であったと考えられます。

【Kronigの挑戦】

 超伝導現象の理論化は難航しました。自身も超伝導理論に取り組んだF. Blochは1930年代に「Blochの第2定理」と呼ばれる考えを提案しました。これは、「すべての超伝導理論は否定される」という半ば冗談のようなものでしたが、この驚異の現象が当時の理論家たちを苦しめていたことが伝わってきます。
 そんな中、R. Kronigは、超伝導現象が「電子と格子のコヒーレント運動により生じる」という理論を提出しました。この理論にはBlochからの批判もあったようですが、以前Kronigが考えた「電子スピン」のアイデアをW. Pauliに提案し否定され論文化しなかったところ、実際に実験で観測され後悔した経験があることから、論文公開に踏み切ったようです。偉い人が言うことがいつでも正しいわけではないことを教えてくれますね。
 Kronigのアイデアでは、固体中の電子がクーロン反発力による結晶化することを前提としています。この電子結晶が結晶全体として動くことで散乱なく運動することが超伝導現象ということです。このアイデアに基づくと、臨界磁場は電子の軌道運動により電子結晶が壊れる磁場であり、超伝導転移温度は電子結晶の融解温度であると解釈できます。
 この理論は、ゼロ点振動の大きさを過小評価していたため、ミスコンであることが分かっていますが、有名なE. Wignerによる電子結晶理論の2年前に提案されており、その先見の明に驚かされます。

【Brillouinの挑戦】

 挑戦は続きます。L. Brillouinは周期的なエネルギーバンド構造の最小単位であるBrillouin Zoneの考えを提案したことで有名です。彼は、エネルギーバンドの極小値を取るゼロでない運動量で生じる非平衡状態が超伝導状態の正体であるという理論を提案しました。この考えは臨界電流の存在を説明できることから期待されましたが、G. GorterとH. Casimirにより超伝導現象が平衡現象であることが明らかにされたためミスコンと判明しました。


【Heisenbergの挑戦】

 第二次世界大戦が終了した1945年以降、量子力学の創始者の一人であるW. Heisenbergも超伝導理論に挑戦し始めます。彼はクーロン相互作用により生じるFermiエネルギー近傍の局在状態が超伝導状態であるという理論を提案します。しかしこの理論は、超伝導体が完全導体とは異なるという実験事実を受け入れられておらずミスコンに終わります。Heisenbergは当時報告されていた重要な実験事実、すなわちF. MeissnerとM. Ochsenfeldによる完全反磁性の発見を考慮できておらず、暗黙に初期状態がゼロ磁場であることを前提として理論展開してしまっていたのです。


【Born、Londonの挑戦】

 確率解釈など量子力学に重要な貢献をしたM. Bornも超伝導理論に挑戦した研究者の一人です。Bornは共同研究者である Kai Chia Cheng とともに、当時得られていた経験則である、「超伝導はフェルミ面がBZ境界に存在する物質で生じる」に基づき、電子イオン相互作用がBZ境界の占有状態を非対称にして自発電流が生じるという理論を構築します。この理論は電子の背景に存在するイオン(格子)の存在に着目した点は秀逸でしたが、理論的にはミスコンに終わります。
 一方、超伝導を説明する現象論であるLondon理論を提案したLondon兄弟の一人、F. Londonもミクロな起源を説明する超伝導理論を提案します。彼はHeisenbergやBornのアイデアを批判し、交換相互作用により超伝導が生じる理論を構築します。この理論もミスコンに終わりますが、量子揺らぎが超伝導を創発するという強相関電子系超伝導理論の先駆的なものとなっており、超伝導が量子多体効果であることを明記した点で重要な結果となっています。

【Bardeen、Fröhlichの挑戦】

 ミスコンを重ねながら正しい超伝導理論の確立に研究者が徐々に迫っていく中、重要な研究が独立した二人の研究者から報告されます。
 一人はJ. Bardeen。トランジスタの発明者として、そしてのちのBCS理論の共著者の一人として有名です。彼は電子と格子歪みの結合が重要であるというアイデアを1941年に提案しています。
 もう一人が、H. Fröhlichです。彼は超伝導理論の完成前から電子格子相互作用に着目し、「超伝導転移温度が構成元素の同位体比で変化する」という同位体効果の存在を予言しており、実際に1950年にSerinとMaxwellによる実験的発見がなされるに至っています。
 この二人の研究者は、独立に電子格子相互作用が電子間相互作用を考慮しても引力相互作用として働くことを証明し、超伝導にとって電子とフォノンの結合が重要であることを理論的に明らかにしました。このうちBardeenの理論構築には日本の中嶋貞雄の貢献もあったことが知られています。一方、Fröhlichは1次元導体をベースに電子格子相互作用が実際にギャップを形成することを理論的に予言しましたが、この現象は電荷密度波状態であり、超伝導理論としてはミスコンとなっています。

【Feynmanの挑戦】

 最後に紹介するのがR. Feynmanによる研究です。ファインマン・ダイアグラムの開発や、超流動理論、そして最近では量子コンピュータの提案者としても有名です。1950年代、FeynmanはBardeen-Fröhlich理論に基づき、電子格子相互作用を含めたハミルトニアンに摂動論を適用し研究を進めましたが遂に超伝導現象を導くことはできませんでした。超伝導の類似現象である超流動理論の構築に成功したFeynmanでしたが、超伝導現象は彼の挑戦をも跳ね除けてしまったのです。しかし彼の挑戦は、超伝導理論には摂動論を超えるアイデアが必要なことを明確にした点で価値がありました。

【まとめ】

 本記事では、「Failed theories of superconductivity」(arxiv)に記載された失敗した超伝導理論を紹介しました。多くの有名物理研究者が超伝導理論に挑戦したことがわかります。多くの理論・実験研究に基づいて成立した、電子格子作用を軸としたBCS理論はほとんどの超伝導を説明することが可能な強力な理論となっています。
 一方で銅酸化物超伝導体を代表とする強相関電子系の超伝導は、単純なBCS理論では説明できないと考えられています。
 究極の超伝導理論が完成したとき、物性物理のHoly Grailの1つである「常圧室温超伝導」を実現することが可能になるのでしょうか。超伝導理論の今後のさらなる進展が期待されています。

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