火事と喧嘩はCondの華 ~凝縮物性のホットな議論の個人的まとめ~



【イントロ】

 議論って大切ですよね。
 お互いの異なる意見を戦わせることでお互いの視点をアウフヘーベンし、新しい視点に立つための重要なプロセスです。
 議論が重要なのはアカデミックの世界でも同じ。特に議論が起きるような研究はそれだけ多くの研究者が注目している論点という証拠でもあります。
 そこで本記事では、凝縮物性系の世界で議論になっているテーマについて、まとめてみました。
 他のテーマも気がついたら追記します。

【方法】

記憶の海に潜り溺れました。

【結果】 

銅酸化物の擬ギャップ相の起源と正体はなにか?
 銅酸化物高温超伝導体には超伝導転移温度より高い温度から状態密度にギャップが開き始める擬ギャップと呼ばれる現象が存在します。この起源について、その超伝導対形成メカニズムと同じくらい議論が続いています。
 擬ギャップ相がそもそも相なのか、そうだとして相図上のどこで終わりを迎えるのか、秩序変数はなんなのか、異なる理論は実際は同じ現象の異なる解釈なのか・・・様々な論点を抱えつつ以下のようなメカニズムが提案されていますが議論が続いています。
  • ループカレント説
  • ネマティック秩序説
  • PDW (Pair density wave)説
【参考文献】
Keimer, B., Kivelson, S., Norman, M. et al. From quantum matter to high-temperature superconductivity in copper oxidesNature 518, 179–186 (2015).
 :銅酸化物の直近のレビュー、大御所オールスター
Philippe Bourges et al., Loop currents in quantum matterComptes Rendus. Physique, Volume 22 (2021) no. S5, pp. 7-31.
 :ループカレントに関するレビュー
・Sourin Mukhopadhyay et al., Evidence for a vestigial nematic state in the cuprate pseudogap phase, PNAS, 116 (27) 13249-13254
 :擬ギャップ相のSTM測定からネマティック状態を議論した論文
・Daniel F. Agterberg et al., The Physics of Pair-Density Waves: Cuprate Superconductors and BeyondAnnual Review of Condensed Matter Physics  Volume 11, 2020  Agterberg, pp 231-270
 :銅酸化物超伝導のペア密度波超伝導のレビュー
銅酸化物の相図、最近も更に更新されているらしい

鉄系超伝導体の超伝導対称性はなにか?
 鉄系超伝導体は銅酸化物超伝導体についで高い超伝導転移温度をもつ物質群ですが、その超伝導発現メカニズムは未だに明らかになっていません。特にその超伝導メカニズムの解明に重要な超伝導対称性について議論が続いています。
 異なる軌道成分をもつ複数のバンドがフェルミ面を形成しており、フェルミ面ごとに超伝導秩序変数の位相成分の符号が反転する「s±波超伝導」と符号が反転しない「s++波超伝導」が主要な説として提案されています。
 現状、物質ごと、不純物濃度ごとに対称性が異なってもよいという理解が進んでいますが、位相成分を観測する手段が限られているため議論が続いています。
【参考文献】
・Fernandes, R.M., Coldea, A.I., Ding, H. et al. Iron pnictides and chalcogenides: a new paradigm for superconductivity. Nature 601, 35–44 (2022).
 :鉄系超伝導体の最新のレビュー、Arxiv版のオシャタイは許されなかったやつ
・P J Hirschfeld et al., Gap symmetry and structure of Fe-based superconductors2011 Rep. Prog. Phys. 74 124508.
 :鉄系超伝導体の理論のレビュー、もはや10年以上前ですか。。。
みんな違ってみんないい


ジョセフソン接合の散逸量子相転移は存在するか?
 ジョセフソン接合が、抵抗値が一定値(R_Q = h/(4e^2 ))を境に超伝導状態から常伝導にゼロ温度で相転移する可能性が理論的に予言されています。この予言が正しいのか実験と理論の両面から議論が続いています。
 最近では、先行研究の理論的検討に問題があったのではないかと指摘する論文も出ており、引き続きホットな話題となっています。
【参考文献】
・Kanta Masuki et al., Absence versus Presence of Dissipative Quantum Phase Transition in Josephson Junctions, Phys. Rev. Lett. 129, 087001 – Published 17 August 2022
 :最新のジョセフソン接合量子相転移の理論、先行研究が見落としていた観点を指摘している
・A. Murani et al., Absence of a Dissipative Quantum Phase Transition in Josephson JunctionsPhys. Rev. X 10, 021003 – Published 3 April 2020
・Pertti J. Hakonen and Edouard B. Sonin, Comment on “Absence of a Dissipative Quantum Phase Transition in Josephson Junctions”, Phys. Rev. X 11, 018001 – Published 12 March 2021
 :量子相転移の有無に関する文通
最新の相図


有機物量子スピン液体の熱伝導は有限かゼロか?
 磁気的なフラストレーションをもつ物質では、ゼロ温度まで磁気秩序が生じない量子スピン液体相が創発します。
 その候補物質の1つ有機物絶縁体EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2では、量子スピン液体相からの励起が熱を運び、ゼロ温度でも金属並の熱伝導を示す可能性が指摘されています。一方で、同実験が再現できないことが報告されており議論が続いています。
 Very carefulnessな実験が必要です。
【参考文献】
・M. Yamashita et al., Science 328, 1246 (2010)
 :すべての始まり
・P. Bourgeois-Hope et al., Phys. Rev. X 9, 041051 (2019)
 :戦争を始めた2本
・こちらのブログもご参考


α-RuCl3の磁場中量子スピン液体相の熱ホール効果は量子化するか?
 α-RuCl3の磁場中量子スピン液体相では熱ホール効果が量子化することが報告されており、固体中でのマヨラナ励起の可能性が指摘されています。一方で、異なる作り方で作成したサンプルを測定すると実験が再現できないことも報告されており、その不一致の原因について議論が続いています。測定ごとにサンプルの素性を計測しておけば良いがめんどくさすぎる。
【参考文献】
・Kasahara, Y., Ohnishi, T., Mizukami, Y. et al. Majorana quantization and half-integer thermal quantum Hall effect in a Kitaev spin liquid. Nature 559, 227–231 (2018).
 :すべての始まり
・Czajka, P., Gao, T., Hirschberger, M. et al. Oscillations of the thermal conductivity in the spin-liquid state of α-RuCl3Nat. Phys. 17, 915–919 (2021).
 :再現できない派閥の代表格。ただし量子振動は怪しい
・Bruin, J.A.N., Claus, R.R., Matsumoto, Y. et al. Robustness of the thermal Hall effect close to half-quantization in α-RuCl3. Nat. Phys. 18, 401–405 (2022).
 :再現できるよ派の代表格。サンプル合成方法依存性を打ち出した
・こちらのブログもご参考


SmB6の量子振動の起源はなにか?
 SmB6は近藤効果によりフェルミ面にギャップが開き絶縁体になる、近藤絶縁体であると言われています。絶縁体であるはずのこのSmB6が量子振動を示すことから注目を集めています。
 なぜ磁化率では量子振動が見えるのに磁気抵抗には振動がみえないのか、SmB6の内部にある謎の中性粒子によるフェルミ面のなのか、合成中に含まれたフラックスによる偽信号なのか、というかそもそも金属なんじゃないか、とその起源について議論が続いています。
 謎物質の代表格。
【参考文献】
・B. S. TAN et al., Unconventional Fermi surface in an insulating state, SCIENCE
 :量子振動を発見した論文
・S. M. Thomas et al., Quantum Oscillations in Flux-Grown SmB 6 with Embedded AluminumPhys. Rev. Lett. 122, 166401 – Published 23 April 2019
 :フラックスに使ったアルミの量子振動観てるのでは説
・Máté Hartstein et al., Intrinsic Bulk Quantum Oscillations in a Bulk Unconventional Insulator SmB6iScience 23(11):101632 (2020)
 :フラックス使ってなくても量子振動みえるよというレビュー
・Thomas E. Millichamp et al., Direct measurement of a remnant Fermi surface in SmB6arXiv:2111.07727
 :そもそもSmB6にフェルミ面がある、つまりある種の金属なんじゃないのか説、身も蓋もない
FZ法で作ったSmB6の量子振動


YbB12の謎の中性粒子の起源はなにか?
 YbB12もSmB6と同じく近藤絶縁体と呼ばれています。YbB12ではSmB6と異なり磁気抵抗で量子振動が見えるとともに、極低温で熱伝導が有限成分をもつことから、謎の中性粒子の存在が示唆されています。一方で低温で電子相分離が起きているのではないかなどその物性について議論が続いています。Yb系化合物は謎の深い物質です。
【参考文献】
・Sato, Y., Xiang, Z., Kasahara, Y. et al. Unconventional thermal metallic state of charge-neutral fermions in an insulator. Nat. Phys. 15, 954–959 (2019).
 :謎の中性粒子を熱伝導で捉えた論文
・A. Azarevich et al., Evidence of electronic phase separation in the strongly correlated semiconductor YbB12arXiv:2205.03044
 :低温で電子相分離している可能性を指摘する論文
熱伝導が有限の値になる


Ta2NiSe5の相転移はエキシトン凝縮によるものか?
 Ta2NiSe5は、高温で金属から絶縁体に転移しますが、これが電子正孔対、いわゆるエキシトンの凝縮に伴う相転移であることが指摘されています。一方で、この相転移がエキシトン凝縮によるものか、もしくは構造相転移に伴うものか議論が続いています。「Structural in Nature」、いい言葉ですね。
【参考文献】
・Edoardo Baldini et al., The spontaneous symmetry breaking in Ta2NiSe5 is structural in naturearXiv:2007.02909
 :相転移が構造相転移起源であることを時間分解ARPESから提案
Direct observation of excitonic instability in Ta2NiSe5, https://arxiv.org/abs/2007.08212
Critical charge fluctuations and quantum coherent state in excitonic insulator Ta2NiSe5, https://arxiv.org/abs/2007.07344
Ultrafast melting and recovery of collective order in the excitonic insulator Ta2NiSe5https://arxiv.org/abs/2007.03368
 :超高速分光やラマン分光から相転移がエキシトン凝縮によることを提

C-S-H系化合物の高圧下室温超伝導は本物か捏造か?
 室温超伝導体の発見は人類の夢の1つです。その可能性が報告されているのが、炭素と硫黄と水素からなるC-S-H系化合物です。しかし、その報告に対して、J.E.Hirschらが疑問を呈し議論が続いています。最初はいちゃもんかと思っていましたが、深掘りするにつれて報告の怪しさが出てきており闇が深まっています。
【参考文献】
・Snider, E., Dasenbrock-Gammon, N., McBride, R. et al. Room-temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydrideNature 586, 373–377 (2020).
 :人類初の室温超伝導(高圧だけど)
・J.E.Hirschのホームページ
 :煽り力世界一
実験室に行かなくても電圧は測定できます


モット絶縁体相からフェルミ液体への金属絶縁体転移の妥当な記述方法はなにか?
 モット絶縁体近傍の金属絶縁体転移を記述する際に、モット絶縁体側から金属側に近づけていくべきか、もしくは金属側の理論から相互作用を強くしてモット絶縁体に近づけていくべきか、かつて日本物理学会誌上で巻起こった論争です。激しい言い合いですね。実質スマブラです。
【参考文献】
 :守谷、今田、福山の大御所によるモット転移に関する論争が行われている。それ以外の特集記事も有用で必見

半導体-超伝導ハイブリッド構造のマヨラナ励起は本物か?
 マヨラナ励起を使って量子コンピュータを作りたいけど、そのためにはマヨラナ励起が必要となります。その実現の舞台の一つが半導体-超伝導ハイブリッド構造です。この構造に注力して研究を進めているのがMicrosoftです。
 一度マヨラナ励起を観測したというNatureに出版された論文は、データの不適切な取り扱いによりリトラクトとなりましたが、洗練された実験プロトコルによる発見報告が最近報告されました。しかし、この報告には疑問点も多く批判派との議論が続いています。乱れのないクリーンなサンプルを作るのって難しいですね。
【参考文献】
・Microsoft Quantumy, InAs-Al Hybrid Devices Passing the Topological Gap Protocol, arXiv:2207.02472
 :Microsoftのマヨラナ励起研究の最新成果、98%見えてまーす!


トポロジカルカゴメ金属の電荷密度波状態での時間反転対称性の破れは存在するか?
 カゴメ格子をもつRV3Sb5(R=K、Cs、Rb)は、電荷密度波、超伝導、ネマティック秩序など様々な物性が共存しており注目を集めています。
 その中の一つが電荷密度波状態における時間反転対称性の破れです。その起源については様々な議論がありますが、そもそも時間反転対称性が破れているのかという議論が最近起きています。すごいですね、そもそも論を破壊しようという論争です。今後の展開が楽しみです。
【参考文献】
・Qiong Wu et al., Revealing the immediate formation of two-fold rotation symmetry in charge-density-wave state of Kagome superconductor CsV3Sb5 by optical polarization rotation measurementarXiv:2110.11306
 :カー回転効果がCDW転移温度から見える、つまり時間反転対称性の破れがあるという報告
・David R. Saykin et al., High Resolution Polar Kerr Effect Studies of CsV3Sb5: Tests for Time Reversal Symmetry Breaking Below the Charge Order TransitionarXiv:2209.10570
 :カー回転効果がCDW転移温度から見えない、つまり時間反転対称性の破れがないという報告


オリジナルの時間結晶を実現できるかどうか?
 時間結晶はノーベル物理学賞を受賞したウィルチェックが提案した概念で、通常の空間方向の並進対称性を持つ物質ではなく時間方向の並進対称性をもつ物質です。平衡状態の存在として時間結晶の存在はWatanabe-Oshikawaの論文によって否定されましたが、非平衡状態で時間結晶を実現しようとする試みは続いています。
 一方で、あの手この手でWatanabe-Oshikawaの定理を回避してウィルチェックが提案したオリジナルの時間結晶を実現しよという試みも存在します。その一つがBECを用いたカイラルソリトン時間結晶で、これが本当に時間結晶になっているのが長い論争と言うか文通が行われています。
【参考文献】(文通)
Quantum Time Crystals and Interacting Gauge Theories in Atomic Bose-Einstein Condensates
Comment on “Quantum Time Crystals and Interacting Gauge Theories in Atomic Bose-Einstein Condensates”
Öhberg and Wright Reply:
Lack of a genuine time crystal in a chiral soliton model
Comment on "Lack of a genuine time crystal in a chiral soliton model" by Syrwid, Kosior, and Sacha
Response to comment on "Lack of a genuine time crystal in a chiral soliton model" by Öhberg and Wright

【まとめ】

色んな論争がありますね。
この問題を1つ1つ解決することで現代物理が前に進んでいくのでしょう。
今後も要注目です!

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