「素粒子理論の職が欲しい」「引用数1000、h-index=10ありますか?」

【イントロ】
 生きていくためにはお金を稼がないといけません。コレが本当にツライ[1]。お金を稼ぐには労働者として働くのが一番わかり易い手段です。一昔前は就職氷河期と呼ばれ、労働者として働くことも困難な時代がありましたが、最近は就活生の売り手市場と呼ばれるほど就職環境が改善しているようです[2]。いいことです。
 そんな中でも相変わらず厳しいのがアカデミックポストをめぐる就活市場です。大学の予算減にともなうポストの減少と大学院重点化に伴う博士号取得者の増加が合わさって、任期なしの常勤職、いわゆるパーマネントポストに就くことが年々厳しくなっている印象です。そんな中でも特に厳しいと言われているのが、素粒子理論のポストです[3]。非常に優秀な方たちが数少ないポストを巡って日々研究業績を競い合わせる過酷な環境です。ポストを手に入れるまでどうしているかというと、ポスドクとして色々な研究施設で腕を磨くわけです。当時の同期とかも「無給ポスドクするわ」といって大学院を卒業していき、僕の労働の概念が壊れました[4]。そこまで過酷な環境に身を置かないと手に入れることができないパーマネントポスト、一体どれくらいの業績が必要なのでしょうか?
 そこで本記事では、旧帝国7大学の素粒子理論研究室の教授、准教授、講師、助教を対象に、業績(論文数・引用数・h-index)を調査しました。

【方法】
 調査対象は旧帝国7大学の物理学科素粒子理論研究室所属のパーマネントスタッフ(合計47人)としました。業績は ”INSPIRE”[5]のデータを参考としました。INSPIREでは「プレプリントサーバー掲載の論文を含むパターン」と、「出版済み論文のみを含むパターン」の業績が記載されていますが、前回までの調査と合わせるために「出版済み論文のみ」の業績を参照しました。また、学位取得年数は”CiNii Dissertations”[6]に登録されている学位論文の学位授与年月日等を参考にしました。それぞれの値がわからなかった方は集計から除いています。
(感想)素粒子理論はINSPIREに殆どのデータが集約されていて調査がやりやすかったです。他の分野も見習って欲しいものです。

【結果】
図1、図2,図3に論文数・引用数・h-indexと学位取得後経過年数の関係を示します。
グラフは縦軸が対数表示になっています。
図1、学位取得後経過年数と論文数の関係

図2、学位取得後経過年数と総引用数の関係

図3、学位取得後経過年数とh-indexの関係
 学位取得後経過年数とほとんど相関していない・・・?むしろ、論文数=10・引用数=1000・h-index=10くらいに下限のラインが有るように見えます。そのラインを超えるとパーマネントに就くことができるということでしょうか?また、素粒子理論では若手の頑張りがすごいというふうにも見えます。
 以前調査した東大物工スタッフの業績調査[7]では、経過年数と業績に比較的正の相関があるように見えましたが、素粒子理論スタッフについてはそのような相関が弱いようです。分野によって違いがあるようで面白いですね。
 
論文数・引用数・h-indexの各職位における最小値をまとめたのが表1です。比較として、以前調査した東大物工スタッフの結果も表2に載せておきます。各指標の最小値なので、各値が別の人の場合もあります。
 
表1 素粒子理論における各職位の論文数・引用数・h-indexの最小値

表2 東大物工における各職位の論文数・引用数・h-indexの最小値

 こうして比較してみると、素粒子理論分野では助教と准教授の業績の差が小さいことがわかります。また、東大物工と比較すると、助教の業績に大きな差があることがわかります。素粒子理論分野の助教の壁は高い。。。
 
 この素粒子理論分野のパーマネントポストという高い壁を超えるのに平均どれくらいかかるか調べたのが図4です。

図4 学位取得後経過年数とパーマネントに就くまでの年数

 パーマネントに就くまでに長くて9年、短くて0年、平均して3.7年の年月を要することがわかりました。パーマネント職への道は長い。。。
 また、学位取得後経過年数に対して相関がほとんど見られないことから、昔も今もポストに就くのは大変だということがわかりました。もうちょっと右肩下がりになるかなと予想していましたが。。。
 念のため、素粒子理論スタッフの学位取得後経過年数を東大物工スタッフのそれと比較した結果が表3です。
表3 素粒子理論と東大物工スタッフの平均学位取得後経過年数
 皆さん学位取得が27才と仮定すると、教授の年齢はほとんど同じですが、助教・准教授の年齢におよそ9年の差があることがわかりました。東大物工スタッフが若々しいということも考えられますが、やはり素粒子理論スタッフになるのは大変なようです。

【結果2】
 前回の記事[8]で物性分野において「引用数とh-indexには2乗のべき相関がある」ことを確認しましたが、同様の傾向が素粒子理論分野にもあるのか気になったので確認してみました。その結果が図5です。両対数グラフになっています。

図5 h-indexと総引用数の関係
きれい(うっとり)。
 物性分野ではキレイに2乗に比例する関係がみられますが、素粒子理論分野の業績もほぼ同一直線状に乗っていることがわかりました。異なる分野でもユニバーサルな関係が成立しているようで気持ちよかったです。

【まとめ】
 今回、素粒子理論分野のパーマネント職の業績調査を行いました。職を得るためには、学位取得後経過年数に関係なく一定の業績を超えることが必要なことがわかりました(たぶん)。結果をまとめると「平均3.7年で論文数10、総引用数1000、h-index=10」くらいがパーマネント職を得るための壁のようです。万里の長城かよ。
 コレだけ高い壁を前にしてもたくさんの研究者の方たちがそのポジションを求めるのはきっとそれがすごく魅力的だからなんだろうなぁと思いました。魅力的なものは欲しくなっちゃうからしょうがないですよね。

【参考文献】
1,My Opinion.
3, 例えば、「ポスドクという道なき道」(pdf注意)
4, Private Communication.
6, CiNii Dissertations - 日本の博士論文をさがす - 国立情報学研究所、http://ci.nii.ac.jp/d/


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