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1月, 2022の投稿を表示しています

「鉄系SCはs±波なの?s++波なの?」論争って最近どうなってるの??

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 【イントロ】  超伝導現象は、超伝導転移温度(Tc)と呼ばれる相転移温度以下で急激にゼロになる現象です。その劇的な変化もさることながら、この超伝導現象をより高い温度で実現することができれば、電力伝達のロスを最小限にし省エネルギー化が実現できることから長年研究が続けられています。研究とともに銅酸化物やMgB2、コバルト酸化物、水素化物、そして鉄系超伝導体など、様々な超伝導物質が報告されています。  鉄系超伝導体は、2008年にLaFeAs(O,F)が東工大のKamihara先生たちにより報告[1]されて以来一大研究分野となり、13年たった今も様々な話題を提供してくれています。マルチバンド超伝導[ * ]、スピン電荷ボルテックス秩序[ * ]、軌道選択的モット転移[ * ]、フント金属[ * ]、トポロジカル物性[ * ]、マヨラナ励起[ * ]、電子ネマティック相[ * ]・・・どれも追求しがいのあるテーマになっています。  その話題の中に、「超伝導ギャップの位相は反転しているのか?」というものがあります。これは、電子的フェルミ面(電子面)とホール的フェルミ面(ホール面)をもつマルチバンドな鉄系超伝導体の場合、超伝導秩序パラメータである超伝導ギャップ、Δ = |Δ|exp(iθ)、の位相θが各フェルミ面間で符号反転しているのか?という問題です。様々な実験が行われ、「位相は反転しているよ」という「s±波説」(いわゆるスピンゆらぎ起源説)[2,3]と「いや位相は反転してないよ」という「s++波説」(いわゆる軌道ゆらぎ起源説)[4]の”””熱い”””議論がかわされました。 図、超伝導ギャップ対称性のありうる可能性[11]  そこで本記事では、この論争について、最近の結果も踏まえて、個人的に興味のある以下の5つの現象観点 からまとめてみました。 不純物効果 準粒子干渉 超伝導ギャップノード構造 ジョセフソン接合ほか 中性子散乱の共鳴ピーク なお、議論の内容はおもに文献[5,6,7]等を参考にしています。特にNatureに掲載されたFernandesらのレビュー[5]は最新の研究状況がわかるのでオススメです。 【論争】  鉄系超伝導体には、1111系(LaFeAs(O,F)など)、122系(BaFe2(As,P)2など)、111系(LiFeAsなど)、11系(FeS

Controversy on the Quantized Thermal Hall Effect in α-RuCl3

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 [Introduction]      In recent years, research and development of quantum computers has been actively pursued as the next generation of computational methods. Various quantum computer methods have been proposed, including superconducting, semiconductors, and optical quantum computers [1].      One such method is called a topological quantum computer using Majorana particles (or excitation) [2]. In order to realize this method, it is necessary to manipulate Majorana particles (Majorana fermions) in a solid.      Materials in a state (phase) called a quantum spin liquid have been proposed as a stage for the realization of Majorana particles. While various candidates for quantum spin liquid materials have been explored, the existence of Majorana particles is strongly suggested by the magnetic field-induced quantum spin liquid phase of α-RuCl3 [3]. The half-integer quantized thermal Hall effect observed in this magnetic field-induced quantum spin liquid phase is considered to be stron

Debate on thermal conduction in the quantum spin liquid state of organic magnetic materials

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[Introduction]        Quantum spin liquid is a novel magnetic state of a magnetic material proposed by P. W. Anderson . In this state, the spins do not become ordered even at cryogenic temperatures due to large quantum fluctuations caused by spin frustration [1, 2].      One of the breakthroughs in the study of quantum spin liquids is the metallic behavior of specific heat, magnetic susceptibility, and thermal conductivity in the triangular lattice organic magnet β′-EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2. The results have attracted much attention because they suggest the existence of a spinon Fermi surface in the quantum spin liquid state. However, among these measurements, conflicting results for the thermal conductivity have been reported by a Japanese group and groups in China and Canada since 2019, and the debate continues.      In this article, I will try to summarize the history of this debate. [History of the Discussion]      The controversy over heat conduction in organic quantum spin liquid

有機物量子スピン液体の熱伝導論争の流れを振り返る

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初版:2022/1/23 第2版:2022/5/23 第3版:2022/6/30  [イントロ]  量子スピン液体は、 P. W. Anderson によって提唱された磁性体の新奇な磁気状態です。この状態は、スピンフラストレーションによる大きな量子ゆらぎにより、極低温でもスピンが秩序化しない状態です[1, 2]。  この量子スピン液体研究のブレークスルーの1つが、三角格子有機磁性体β′-EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2における比熱、磁化率、そして熱伝導度の金属的振る舞いです。その結果は、量子スピン液体状態におけるスピノンFermi面の存在を示唆しており、注目を集めています。しかし、これらの測定結果のうち、熱伝導度の測定結果について2019年以来、日本のグループと中国、カナダのグループで矛盾した結果が報告されており、議論が続いています。  そこで本記事では、この議論の経緯をまとめてみることにします。 [論争の流れ]  有機物量子スピン液体の熱伝導論争は、おおよそ以下のような経緯をたどっています。国内外の学会で議論された内容もあるようですが、公に出版されている論文を元にまとめています。また、実際にはArxivに論文が出た時点でこれらの議論が始まっていましたが、下記では出版されている論文を引用しています。Arxivのバージョン間の内容の違いをみれば、リアルタイムで議論が行われている様子がわかりますのでご参考ください。 (※2022/2/19 追記:一部議論の時系列に誤りがあるとのご指摘をコメントで頂きました。正確な時系列は、コメント欄の加藤先生のご解説、及び下記論文のArxiv版バージョン間の議論の変化をご確認ください。) 有機物量子スピン液体候補物質の1つ、β′-EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2が絶縁体にも関わらず、極低温で金属並の熱伝導度を示すことが京大グループによりScience誌に報告される。 ・M. Yamashita et al., Science 328, 1246 (2010) 図、β′-EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2の熱伝導度の温度依存性 9年後、中国とカナダのグループが独立に追試を行ったところ、極低温の熱伝導度がゼロになり、Science論文の結果を再現できなかったことをPRLとPRXにそれぞれ報告する。 ・J. M. N

Examining Hirsch's Criticism of Superconductivity in Carbonaceous Sulfur Hydride (C-S-H)

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[Introduction]      Recently, a paper on high-pressure superconductivity in the C-S-H system [1] by R. Dias et al. has been published in Nature as the first room-temperature superconductor. There are still several problems to be clarified, such as the identification of the superconducting material, follow-up tests by other groups, and identification of the crystal structure. However, one of the reasons for the attention is that the paper has been exposed to criticism such as "Is the data reported in Nature real?".       This criticism has been made mainly by the American physicist, J. E. Hirsch , who has made various criticisms, including that "the transition in electrical resistance is not broadened by applying the magnetic field", "the behavior of the magnetic susceptibility is similar to previously reported results for Eu high-pressure superconductivity", and "raw verification data was not provided to Dias et al." [2]. On the oth

「C-S-H系高圧超伝導は本物なのか論争」を自分でもチェックしてみる。

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【イントロ】  最近、人類最初の室温での超伝導状態の実現として、R. Dias等によるC-S-H系高圧超伝導論文[1]がNatureに掲載され注目されています。超伝導物質の特定、他グループによる追試、結晶構造の特定などまだまだ明らかにする問題が残っています。しかし、注目されている原因の1つとして、「そもそも最初の論文で報告されたデータは本物なのか?」という批判にさらされている点があります。  この批判は、アメリカの物理学者、 J. E. Hirsch によって主になされています。Hirschによれば、電気抵抗の転移が磁場で幅広くならない、磁化率の振る舞いが過去に報告されたEu高圧超伝導の結果に似ている、検証の生データをDiasらに要求しても提供されないなど様々な批判を行っています[2]。一方でDiasらも超伝導の標準理論であるBCS理論を批判するようなトロールであるHirschに提供するデータはない、高圧下の実験をHirschは理解していないなど様々な反論を行っています[3]。この論争は、Hirschの批判論文がDiasらとの私信を勝手に批判論文に含めたことで掲載取り下げになったり、Diasらの共同研究者が関わったEu高圧超伝導論文[4]が撤回されたり、激しい戦いとなっています。  本記事では、このHirschの最新批判論文[5]について取り上げたいと思います。 【最新の批判論文の内容】  C-S-H系超伝導の報告以来、Hirschはそのデータの解釈について批判を続けています。その妥当性は別として、批判に答える形としてDias等は実験の詳細や、磁化率の生データを載せた反論論文[6]を2021年末にArxivに投稿しています。最新の批判論文では、Hirschはこの生データを解析し、そのデータが操作(Manipulate)されたものである可能性を指摘しています。  その内容をみてみます。まず、Nature論文に報告され磁化率と、反論論文に掲載された生データによる磁化率の結果が以下の図です。磁化率の振る舞いは良く似ており確かに生データが掲載されていることが見て取れます。  ただし、この再現についてヤバいところが1つあります。それは反論論文に掲載された生データが、表形式ではなく図として貼り付けられているため、Hirschらは1つ1つの数値を読み取りデータに直してい