日本物理学会で若手奨励された研究はどんなの?(2022年)
【イントロ】
第16回(2022)日本物理学会若手奨励賞(領域8)が発表されました。(こちら)
・軽部皓介 (国立研究開発法人 理化学研究所 創発物性科学研究センター)
・車地崇 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻)
・志村恭通 (広島大学 先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム)
・中島正道 (大阪大学 大学院理学研究科 物理学専攻)
受賞者の皆様おめでとうございます。
若手奨励賞は、「日本物理学会では、将来の物理学をになう優秀な若手研究者の研究を奨励し、学会をより活性化するために、若手会員を対象とした「若手奨励賞」を新設しました。」という趣旨により創設されたものです。
その受賞資格は、「日本物理学会会員であること。受賞年の翌年4月1日において39歳以下であること。第16回は1983年4月2日以降に生まれた方。ただし、出産、育児により研究を中断するなどの事情がある場合は年齢制限を緩和することができる。」となっています。
ところで、日本を代表する若手物理学者とその研究、興味ありますよね?
ミーハーなので僕は興味あります。
そこで本記事では、著者が興味のある領域8の受賞対象論文についてその内容をご紹介したいと思います。
【方法】
各論文(主にアブストとイントロ部分)を読んで要約する。
引用数はGoogle Scolar調べ、またはJPSJ調べです。(2021/10/26時点)
【紹介】
・軽部皓介 (国立研究開発法人理化学研究所 創発物性科学研究センター)
「磁気スキルミオンの安定性に関する探査と新物質開拓」
"Robust metastable skyrmions and their triangular-square lattice structural transition in a high-temperature chiral magnet", Nature Materials 15, 1237 (2016).
(Arxiv)
引用数:157回
概要:スキルミオンはトポロジカルに保護された性質を含め将来のスピントロニクスデバイス応用に向けて魅力的なスピン構造である。このスピン構造を示す物質のうちCo-Zn-Mn合金Co8Zn8Mn4は室温付近で三角格子スキルミオン相を示すことから注目を集めている。しかし、平衡状態のスキルミオン相は室温付近の狭い磁場領域だけに存在するため、応用に向けて課題となっている。この論文では磁場中冷却を利用し、準安定スキルミオン相を広い温度・磁場範囲で実現し、新規な正方格子スキルミオン相が低温で実現することを、小角中性子散乱と交流磁化率測定から明らかにしている。
図1、Co8Zn8Mn4の準安定スキルミオン相 |
"Disordered skyrmion phase stabilized by magnetic frustration in a chiral magnet", Science Advances 4, eaar7043 (2018).
(Arxiv)
引用数:48回
概要:β-Mn構造をもつCo-Zn-Mn合金は組成によって様々磁気状態を示す。β-Mn自身は幾何学的なフラストレーションに起因して長距離秩序せずスピン液体的性質を示す一方で、中間組成のCo7Zn7Mn6は強磁性転移とスピングラス転移を示す。この論文ではCo7Zn7Mn6の強磁性転移温度付近とスピングラス転移温度付近にそれぞれ異なる種類のスキルミオン相が存在することを小角中性子散乱、磁化率、ローレンツTEM測定から明らかにしている。
図2、Co7Zn7Mn6の磁気転移と乱れたスキルミオン構造 |
"Room-temperature antiskyrmions and sawtooth surface textures in a non-centrosymmetric magnet with S4 symmetry", Nature Materials 20, 335 (2021).
(Arxiv)
引用数:3回
概要:スキルミオンは基礎的研究とスピントロニクス応用の両面から注目を集めるスピン構造である。様々なスキルミオン構造が存在する中で、アンチスキルミオンは結晶中のジャロシンスキー・守谷相互作用が結晶軸方向に関して異方的な場合に生じる構造であり、結晶構造が4回回転対称性をもつD2d対称性またはS4対称性の場合に生じることが予言されていた。この論文では、初めてS4対称性をもつ Fe1.9Ni0.9Pd0.2Pにおいてアンチスキルミオンが室温以上で生じること、さらに磁場とサンプルの厚みによりスキルミオンへと転移することをローレンツTEMにより明らかにしている。
図3、S4対称性物質におけるアンチスキルミオン |
・車地崇 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻)
「新規スキルミオン物質開発と格子反転対称性との関係の研究」
"Skyrmion lattice with a giant topological Hall effect in a frustrated triangular-lattice magnet", Science 365, 914 (2019).
(Arxiv)
引用数:183回
概要:基礎研究、産業応用両面から注目を集めるスキルミオンは、非中心対称構造または反転対称性の破れた界面に生じるジャロシンスキー・守谷相互作用が必要と考えられていた。一方で、理論的には磁気フラストレーションに起因して、中心対称構造でもスキルミオンが発現しうることが予言され、その検証が待たれていた。この論文では、 中心対称構造をもつ金属Gd2PdSi3においてGdのつくる三角格子が磁気フラストレーションを生じることでスキルミオンが発現することを、トポロジカルホール効果測定と共鳴X線散乱実験から明らかにしている。
図4、中心対称物質Gd2PdSi3に生じるスキルミオン相 |
"Néel-type skyrmion lattice in the tetragonal polar magnet VOSe2O5", Physical Review Letters 119, 237201 (2017).
(Arxiv)
引用数:79回
概要:スキルミオンは様々な物質で観測されるが、カイラル磁性体であるB20合金、 マルチフェロイクスCu2OSeO3、Co-Zn-Mn合金ではブロッホ型スキルミオンと呼ばれるスピン構造が観測されている。一方で磁性薄膜では反転対称性の破れによりジャロシンスキー・守谷相互作用が変調を受け、ネール型スキルミオンと呼ばれるスピン構造が観測される。ネール型スキルミオン構造のさらなる検証には、バルクでその構造を示す物質の発見が望まれていた。この論文では、バルク物質である正方晶極性磁性体VOSe2O5において、ネール型スキルミオンが生じることを磁化率と小角中性子散乱測定から明らかにしている。
図5、正方晶極性磁性体VOSe2O5におけるネール型スキルミオン構造 |
"Direct observation of Néel-type spin modulation in VOSe2O5", Journal of the Physical Society of Japan 90, 024705 (2021).
(Arxiv)
引用数:2回
概要:様々なスキルミオンを区別するうえで、スキルミオンを構成するスピンのモーメント方向を決定することが必要となる。その手段としてはローレンツTEM、スピン偏極STM、スピン偏極LEEM、NV中心顕微鏡などが開発されている。特にローレンツTEMによる観測はブロッホ型スキルミオンの観測手段として主要な実験手法となっているが、ネール型スキルミオンに対しては幾何学的な制限から観測が困難となっている。この論文では、偏極小角中性子散乱により正方晶極性磁性体VOSe2O5のネール型スキルミオン相と周囲の競合する磁性相のスピン構造を決定することに成功している。
図6、VOSe2O5のスピン構造の偏極小角中性子散乱による決定 |
・志村恭通 (広島大学 先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム)
「極低温磁場応答から見出した4f電子系の隠れた自由度の相関」
"Low temperature magnetization of Yb2Pt2Pb with the Shastry-Sutherland type lattice and a high-rank multipole interaction", J. Phys. Soc. Jpn. 81, 103601 (2012).
(Arxiv)
引用数:13回
概要:正方晶系金属化合物Yb2Pt2Pbは、Yb原子がシャストリー・サザーランド格子を組む物質で、印加磁場方向により様々な磁性相を示すことが知られている。この複雑な磁気状態を説明するために、直交イジングモデルと呼ばれる模型が提案されている。この論文では、T=0.08Kの極低温まで磁化の温度・磁場依存性を測定することで、複雑な磁気状態の形成にランク7の高次多極子相互作用が影響していることを明らかにしている。
図7、Yb2Pt2Pbの磁場方向に依存する温度磁場相図 |
"Giant anisotropic magnetoresistance due to purely orbital rearrangement in the quadrupolar heavy fermion superconductor PrV2Al20", Phys. Rev. Lett. 122, 256601 (2019).
(Arxiv)
引用数:4回
概要:産業応用の観点から電子の持つ自由度である電荷とスピンに注目が集まっているが、さらなる自由度として軌道自由度に期待が寄せられている。軌道自由度に由来する軌道秩序は3d電子系Mn酸化物などで発現し巨大磁気抵抗を生み出す原因となっている。しかし、3d電子系の軌道自由度はスピン自由度と強く結合しており、純粋な軌道成分からの寄与を活用することは難しい。この論文ではT=0.7K以下で非磁性の反四重極子秩序を生じる4f電子系PrV2Al20に着目し、極低温強磁場下での輸送測定を行うことで、反四重極子秩序によるフェルミ面再構成に由来する巨大磁気抵抗と異方的磁気抵抗の観測に成功している。
図8、PrV2Al20の温度磁場相図と磁気抵抗 |
"Antiferromagnetic correlations in strongly valence fluctuating CeIrSn", Phys. Rev. Lett. 126, 217202 (2021).
(Arxiv)
引用数:0回
概要:Ce系、Yb系金属化合物では、4f局在モーメントと伝導電子が結合することにより重い電子的振る舞いを示す。一般に非磁性Ce4+よりも磁性Ce3+のほうがイオン半径が大きいため、価数揺動は正の熱膨張と磁歪を引き起こすことが知られている。この論文では、Ce原子が準カゴメ格子を形成する4f電子系金属化合物CeIrSnは、近藤温度TK=480Kを示す価数揺動物質であることをHAXPESにより確認している。さらにT=0.05Kまでの磁歪、T=0.5Kまでの熱膨張測定により、この物質が負の熱膨張と磁歪を示すことを発見している。さらに、T=0.1KまでのμSR測定により、近藤温度よりも2桁低い温度領域で反強磁性相関が発達していることがその原因であることを明らかにしている。
図9、CeIrSnの価数揺動状態のHAXPES測定 |
・中島正道 (大阪大学大学院理学研究科物理学専攻)
「光学スペクトル測定による鉄系超伝導体の電子状態の研究」
"Unprecedented anisotropic metallic state in BaFe2As2 revealed by optical spectroscopy", Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108, 12238 (2011).
(Arxiv)
引用数:208回
概要:銅酸化物や鉄ヒ素系高温超伝導体では、超伝導が対称性の破れた電子相の近傍で発現することからその関係が興味を集めている。特に鉄系超伝導体の母物質の1つであるBaFe2As2は高温の正方晶-常磁性相から低温の直方晶-反強磁性相に転移することが知られている。この物質の低温相では面内異方的な電子状態が実現していることがSTMやARPESにより報告されていたが、それらは結晶軸方向が混じった双晶状態のサンプルでの測定であった。この論文では、アニールにより高品質化した単結晶に一軸圧を印加することで非双晶化したサンプルに対して、バルク敏感でエネルギー分解能をもつ光学伝導度測定を行うことで、この系において真に異方的な電子状態が実現していることを明らかにしている。
図10、BaFe2As2の光学伝導度の面内異方性 |
"Normal-state charge dynamics in doped BaFe2As2: Roles of doping and necessary ingredients for superconductivity", Sci. Rep. 4, 5873 (2014).
(Arxiv)
引用数:51
概要:鉄ヒ素系超伝導体母物質の1つBaFe2As2では、各元素のK、Co、P置換により超伝導が発現する。これらはホールドープ、電子ドープ、化学的圧力印加に相当している。このふるまいは、1つの母物質に対して1種類のキャリアドープによってのみ超伝導が発現する銅酸化物超伝導体とは異なっている。鉄ヒ素系超伝導体の元素置換によるフェルミ面の変形はARPESにより調べられていたが、その変形が超伝導を含む電荷ダイナミクスに与える影響は明確になっていなかった。この論文では、各元素置換したBaFe2As2の常伝導状態の光学伝導度測定により、超伝導の発現には一定のインコヒーレントなキャリア成分の存在が不可欠であることを明らかにしている。
図11、元素置換したBaFe2As2の光学伝導度成分の組成依存性 |
"Evolution of charge dynamics in FeSe1-xTex: Effects of electronic correlations and nematicity", Phys. Rev. B 104, 024512 (2021).
(Arxiv)
引用数:0回
概要:鉄系超伝導体の1つ、FeSeはTs=90Kでネマティック転移と呼ばれる電子系に由来する構造相転移を示し、さらにTc=8Kで超伝導転移する。とくにCaF2基板上に形成したFeSe薄膜にTeを置換したFe(Se,Te)/CaF2ではネマティック転移の抑制とともにTcが上昇し、最大Tc=23Kを示す。一方で、高温超伝導は電子相関の強いモット絶縁体相近傍で発現することが理論的に知られており、実際Te置換により系の電子相関が強まることが報告されている。この論文では、Fe(Se,Te)/CaF2の系統的な光学伝導度測定を行うことで、Te置換によるネマティック転移の抑制によりコヒーレントな伝導成分が増加することがTcの増大に寄与し、さらなるTe置換により電子相関が強くなりすぎることでTcが下がっていくことを明らかにしている。
図12、Fe(Se,Te)/CaF2の光学伝導度の組成依存性 |
【まとめ】
2022年度の日本物理学会若手奨励賞を受賞されたみなさんの業績を調べてみました。
みなさん圧倒的な成果を生み出されていますね。
おれも頑張らないとな~~と気持ち新たにしました。
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