なんで論文撤回しちゃうの!? ~ Physical review 誌の撤回論文調査 ~
【イントロ】
間違いって誰にでもありますよね。
特に取り返しのつかない間違いをしてしまったときの辛さは言葉にできません。
しかし、人間が前に進むためにはその間違いを認めていくことが大切です。
研究の世界の場合、間違いを認める代表事例は論文の撤回です。
せっかく出した論文を撤回するのは苦渋の決断ですよね。
その決断を実行した論文はどれくらいあるのか、またどうしてそうした決断が必要になったのか、気になります。
そこで本記事では、Physical review 誌で撤回された論文にはどのようなものがあるか調査してみました。
【方法】
Physical review 誌に掲載された論文のうち、2000-2021年までの間に撤回された論文を調査しました。対象は撤回されたPhysical Review Letters 誌(PRL)の物性系論文と、Physical Review B 誌(PRB)の論文としました。趣味です。
方法は、Physical review 誌の検索ページで検索対象をErrataとし、そのなかのRetraction論文を手動で探しました。記事末尾に参考文献としてリンクを用意しています。
【結果】
2000-2021年の間に撤回された論文は22件(PRL5件、PRB17件)ありました。思ったよりは少ない印象です。
最終著者の所属機関の国で比較すると、最多は米国の7件でその後は日本の5件、ドイツの4件と続きます。研究の先進国ほど論文の数が多く、難しい研究をしているため撤回が多いということでしょうか。
図1、撤回された論文の情報 |
続いて、各撤回論文の引用数と撤回理由について調べてみました。
論文の撤回理由をみてみると、米国の撤回論文のうち6件はベル研究所のヘンドリック・シェーンの不正に関わる論文であることがわかります。シェーン以外の共著者の同意の元、論文の撤回が行われたようです。各論文は掲載誌のIFと比較して多く引用されており、その影響の大きさが推測されます。
最近の研究関連ではC-S-H系高圧室温超伝導論争に関連して、Euの高圧超伝導の論文が撤回されています。Hirsch先生のイチャモンかとおもっていましたが、実際には重要な指摘であったということに驚きを隠せません。この論争はしばらく燻りそうです。
撤回理由としては「別雑誌に出した論文とほとんど内容がかぶっていたため」というものが多くなっています。フルペーパーと速報版を同時に出していてフルペーパー側が先にアクセプトされてしまった、というようなシチュエーションがあるようです。スピードは大切ですが、200回以上引用されてから撤回されているものもあり、影響の大きさを考えると、同時サブミットは慎重に行うことが求められそうです。
他には、論文の再現性を確認できなかった別グループの指摘により問題が発覚し、論文の撤回に至ったものもあります。きちんと指摘を受け止め論文撤回に至るのは誠実な印象をうけます。悔しいでしょうけどね。
おもしろい撤回理由としては、「独立した2グループが同じ物質でBaへのLaの混入により誤った超伝導を観測した」事例や、「著者の一人が勝手に論文投稿し、しかもデータの解釈が間違っていた」事例が挙げられます。前者は奇跡的な確率に感じますし、後者はどんな状況なんだ。。。と感じます。
図2、各論文の撤回理由と引用回数(論文順は図1と同じ) |
【まとめ】
Physical review 誌の撤回論文について調べてみました。
シェーンの不正以外は悪質な理由による論文撤回はなく、意図せずして問題が生じ論文撤回に至っていることがわかりました。
間違い自体はゼロにできないため、間違いの判明次第できるだけ早く修正、もしくは撤回することが他の研究者への影響を最小限にする上で大切になるのかなと思います。
【参考論文】
1, PRL, Retraction: Universal Crossover from Band to Hopping Conduction in Molecular Organic Semiconductors [Phys. Rev. Lett. 86, 3843 (2001)]
2, PRL, Retraction: Pressure-Induced Superconducting State of Europium Metal at Low Temperatures [Phys. Rev. Lett. 102, 197002 (2009)]
3, PRL, Retraction: Pentadiamond: A Hard Carbon Allotrope of a Pentagonal Network of sp2 and sp3 C Atoms [Phys. Rev. Lett. 125, 016001 (2020)]
4, PRL, Retraction: In Situ Control of Diamagnetism by Electric Current in Ca3(Ru1−xTix)2O7 [Phys. Rev. Lett. 122, 196602 (2019)]
5, PRL, Retraction: Néel Spin-Orbit Torque Driven Antiferromagnetic Resonance in Mn2Au Probed by Time-Domain THz Spectroscopy [Phys. Rev. Lett. 120, 237201 (2018)]
6, PRB, Retraction: Quantum Vavilov-Cherenkov radiation from shearing two transparent dielectric plates [Phys. Rev. B 93, 035407 (2016)]
7, PRB, Retraction: Casimir frictional drag force between a SiO2 tip and a graphene-covered SiO2 substrate [Phys. Rev. B 94, 235450 (2016)]
8, PRB, Retraction: At which magnetic field, exactly, does the Kondo resonance begin to split? A Fermi liquid description of the low-energy properties of the Anderson model [Phys. Rev. B 95, 165404 (2017)]
9, PRB, Retraction: s-wave superconductivity in barium-doped phenanthrene as revealed by specific-heat measurements [Phys. Rev. B 85, 180511(R) (2012)]
10, PRB, Retraction: Bulk superconductivity and fully gapped superconducting state in Ba-doped phenanthrene [Phys. Rev. B 85, 214520 (2012)]
11, PRB, Retraction: Superconductivity in the Rh-based Heusler family MRh2Sn [Phys. Rev. B 82, 134520 (2010)]
12, PRB, Retraction: Systematic 75As NMR study of the dependence of low-lying excitations on F doping in the iron oxypnictide LaFeAsO1−xFx [Phys. Rev. B 79, 212506 (2009)]
13, PRB, Retraction: Low-temperature scaling behavior of BaFe0.5Nb0.5O3 [Phys. Rev. B 65, 134103 (2002)]
14, PRB, Retraction: Enhanced magnetic moment of Fe in fcc-structured Fe-Ag and Fe-Au alloys synthesized by ion-beam manipulation [Phys. Rev. B 72, 054118 (2005)]
15, PRB, Retraction: Nonresonant tunneling carrier transfer in bilayer asymmetric InAs/GaAs quantum dots [Phys. Rev. B 71, 235313 (2005)]
16, PRB, Retraction: Magnetic anisotropy quantitative estimation for the rhombohedral antiferromagnetic crystals containing S-state ions [Phys. Rev. B 71, 224405 (2005)]
17, PRB, Retraction: Spin fluctuation in single-crystalline terbium probed by temperature-dependent magnetic EXAFS [Phys. Rev. B 68, 134406 (2003)]
18, PRB, Retraction: Mobile iodine dopants in organic semiconductors [Phys. Rev. B 61, 10803 (2000)]
19, PRB, Retraction: Conjugation length dependence of the charge transport in oligothiophene single crystals [Phys. Rev. B 64, 035209 (2001)]
20, PRB, Retraction: Hole transport in pentacene single crystals [Phys. Rev. B 63, 245201 (2001)]
21, PRB, Retraction: Electrical properties of single crystals of rigid rodlike conjugated molecules [Phys. Rev. B 58, 12952 (1998)]
22, PRB, Retraction: Low-temperature transport in high-mobility polycrystalline pentacene field-effect transistors [Phys. Rev. B 63, 125304 (2001)]
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