歪 IS ALL YOU NEED~トポロジカルカゴメ金属における対称性の破れの歪起源説~
【イントロ】
学生「博士、博士~。最近の凝縮物性系の研究で面白い話題無いですか~」
博士「それはもちろん、窒素ドープ水素化ルテチウムにおけるほぼ常圧室温超伝導の発見じゃな」
学生「はっ?天の神々が地上に与え給うた至高の物質たる窒素ドープ水素化ルテチウムが衆目を集めることは当然のことであり、わざわざ話題に上げることではないです。それは神の存在を疑うような、最も下劣で不遜な行為です。もっと他にないですか?」
博士「思想が強いのう。。。そうじゃな、それでは「トポロジカルカゴメ金属超伝導体RV3Sb5に見られる自発的回転対称性の破れと時間反転対称性の破れが、サンプルに加わる歪由来なのではないか?」という研究はどうじゃ?」
学生「え?トポカゴメ金属が電子液晶で時間反転対称性の破れを示すっていうのは自明の事実だったんじゃないですか!?わたし、気になります!」
博士「ふむ、それでは2023年上半期最注目の論文、独マックス・プランク研究所のC. Guoらによる
"Correlated order at the tipping point in the kagome metal CsV3Sb5”, arXiv:2304.00972
を読んでみるかのぅ」
【総論】
博士「まず、トポカゴメ金属超伝導体、RV3Sb5について説明じゃ」
学生「人類みな知ってるんじゃないですか?」
博士「どこの人類じゃ?RV3Sb5はカゴメ格子状の結晶構造をもつ物質で、Rにはアルカリ金属であるCs, K, Rbが入るんじゃ。そしてこの物質は100K付近で電荷密度波、CDW状態に相転移し、更に低温の数Kで超伝導状態になるんじゃ。更に面白いことに、この物質ではCDW転移と超伝導転移の間に謎の現象が起きるんじゃ。具体的には時間反転対称性の破れや回転対称性の破れ、いわゆる電子ネマティック状態を示す特徴的な温度T*が20-50Kに存在することが示唆されておるのじゃ。」
学生「そんなの幼稚園で習うことですよ」
博士「ワインバーグ幼稚園出身者はすごいのぉ・・・」
学生「そこまでわかっていて他にやることあるんですか?」
博士「問題なのは、このT*で起きてる現象に論争があることじゃ。このT*で時間反転対称性の破れが報告されておるが、逆に起きていないと主張する論文も存在するんじゃ。同じく、回転対称性の破れについても論争が起きておる。」
学生「反動勢力じゃないですか。粛清すべきです。」
博士「それも早いが、ここは科学界なので、科学的な検証で決着をつけるべきじゃ。重要な疑問は、「結晶純度が高く、化学量論的に単純な物質で、注意深く行われた実験が、なぜこのような矛盾した結果をもたらすのか?」という点なんじゃ」
学生「実際に測定したサンプルの結晶純度や化学量論に組成式通りだったかって検証されてなくないですか?」
博士「・・・そこで、この論争に決着をつけるため、Guoらは「この物質の電子状態が、外部からの摂動、特に歪みや磁場に非常に敏感であるため、測定ごとに異なる結果が現れている」という仮説をたて、検証を行ったのじゃ」
学生「すごい。逆に今まで誰もちゃんと検証してなかったんですね。」
博士「結論から言えば、Guoらは「この物質の各種対称性の破れは、サンプル固定時に加わる歪と測定時に加わる磁場の結合により生じており、何も摂動の加わっていない状態では時間反転対称性の守られたボンド結合秩序状態が基底状態である」と結論づけているのじゃ」
学生「は?これまでの理論は何だったんですか???」
博士「そして、この研究の価値あるところは、この物質の真の基底状態を明らかにしただけではなく、それほど小さな外部摂動で電子状態をスイッチできる物質が存在することを明らかにし、強相関電子系を元にした新しい機能性材料の可能性に道を開いたことなんじゃ!」
学生「夢物語はいいですから、この研究で何が行われたか、その詳細を教えてください」
博士「ふむ、では詳細を見ていくとしよう」
【実験:歪による電気伝導の異方性】
博士「まずこの研究では、回転対称性の破れを調べるため、CsV3Sb5の電気抵抗の異方性が測定されたのじゃ。そのために、結晶構造の対称性を反映した六角形にFIBでサンプルを加工したんじゃ。結晶軸とのズレはXRDで測定し、ズレは0.5度以下であることが確認されておる。」
学生「ふーん、何度ズレたら問題なのかが定量的じゃないですが、やるじゃないですか」
博士「次に、歪がサンプルに与える影響を調べるため、3つの方法でサンプルが固定されたのじゃ。つまり、
- 1つは歪の加わらない超柔らかいSiN膜上にサンプルを設置(S1)
- 1つは引張応力をキャンセルするためサンプル全体をエポキシ樹脂で固めてしまう(S3)
- そして比較用に基板とサンプルの熱膨張係数の違いで1軸応力がわざとかかるように固定した(S2)
学生「ちゃんと比較対象のサンプル用意してるのは賢いですね。レファレンスがないと、サンプル起因なのか測定系起因なのかわかりませんから。」
博士「測定の結果、S1とS3ではバルクのサンプルと一致するCDW転移と超伝導転移が観測されたんじゃ。S2は少し違った値が観測されたが、これは既知の歪依存性と一致しておる。」
学生「異方性はどうなったんですか?」
博士「驚くべきことに、S2では従来どおりCDW転移温度以下で異方性が観測されたが、S1とS3ではどの温度領域でも異方性は観測されなかったのじゃ!つまり、これまで観測されていた異方性は歪由来だったということじゃな」
学生「バカですか?異方性は生じているけど、それがドメインごとにわかれていて、それが完全にバランスしている可能性を排除できてませんよね?」
博士「ふむ、しかし、この現象が10umサイズのサンプルで再現性良く観測できており、そのためにはナノメートルサイズで完全にドメインがバランスする必要があるし、そのようなドメイン境界は局所プローブ測定で観測されていないことから考えにくいんじゃ。」
学生「ふーん。。。まあ、このサンプル構造でナノドメインが生じていないことが検証されていないなら意味がないですが、まあいいでしょう。」
博士「厳しいのう・・・もう1つ面白いのが、S2ではCDW転移温度以下のいわゆるT*付近で異方性の符号反転が生じていることじゃ。T*の有無も歪みに由来していることを示唆しておる。」
学生「歪に敏感すぎます。童貞ですか?」
博士「ど、童貞ちゃうぞい!」
学生「サンプルの話ですよね?」
博士「サンプルの話じゃ」
【実験:磁場と歪の同時印加による電気伝導の異方性】
博士「次は磁場に対する応答じゃ。先行研究では、磁場中測定から、回転対称性の破れと時間反転対称性の破れが関連していることが示唆されておる。面白いことに、今回の実験で歪を掛けていないサンプルでも磁場をかけると70K以下から異方性が生じてT*に近い温度でさらに異方性が増大する傾向が見られておる。」
学生「サンプル冷やしたときにたまたまサンプルに歪みが入ったんじゃないですか?」
博士「何度冷やしても同じ結果を再現することを確認しておる。つまり自発的な対称性の破れではなく、ほんの僅かな残留歪みが磁場に応答して対称性を破ったと考えられる。実際、同じサンプルで磁場を掛けなければ、異方性はやはりゼロになることも確認しておる。」
学生「なるほど、ゼロ磁場で異方性を出すほどの歪はかかってないけど、実際には歪はゼロではないということですか。」
博士「ふむ。電子系の異方性、つまりネマティック応答が磁場で制御できるということはそれらが密接に結合していることをこの結果は示唆しておるのじゃ」
学生「なるほど、元々の物質は回転対称性が破れてないけど、ちょっとの外部摂動で破れて電子液晶状態になっちゃうってことですね。チョロすぎですね。」
博士「いわゆる理系大学生みたいな感じじゃな」
学生「電子ネマティック応答の話ですよね?」
博士「電子液晶性の話じゃ」
【理論的解釈:電荷ボンド秩序パラメータとフラックス秩序パラメータの導入】
学生「実験結果はわかりました。理論的に解釈できるんですか?」
博士「ふむ、この論文では、ギンツブルグ・ランダウ理論を用いた現象論的解釈を行っておる。まず仮定として、
- CDW転移にともなう並進対称性の破れが生じる
- 外部摂動なしでは自発的対称性の破れは起きない
- 磁場は系と線形に結合している
学生「え?この物質は3次元性ないんですか?その単層の仮定大丈夫ですか?」
博士「この仮定で現象をうまく説明できれば、系の特徴をこの仮定がうまく説明できていることになる」
学生「3次元性を考慮して全然違う結果になったら、都合の良い実験結果をピックアップしたことになりませんか」
博士「それはまあ将来の仕事じゃな。さて、この仮定の元、CDWを反映した電荷ボンド秩序パラメータと時間反転対称性の破れを反映したフラックス秩序パラメータを導入すると、GL自由エネルギーは以下のようになる。かなり複雑じゃが、3次結合や2種類のパラメータの結合項も現れていることがわかる。」
学生「めんどくさそうな結果ですね・・・」
博士「めんどくさい計算は学生にさせれば良い。」
学生「パワハラですか?命令するなら研究費をとってちゃんと雇用してください」
博士「今年は研究費がなく・・・」
学生「はあ、もう博士は私がいないとほんとダメですね。秒で計算して出力した結果の相図がコレです。現実の物質はパターン④に該当すると考えられます。」
博士「しゅき・・・理論計算は実験結果をよく再現しておる。CDW転移温度以下で電荷ボンド秩序の1次相転移がみられる。また、磁場や歪がない状態では、電荷ボンド秩序パラメータに異方性がないことから、電気伝導に異方性が現れないことも説明できる。磁場がかかった場合、電荷ボンド秩序パラメータとフラックス秩序パラメータの3次結合により、CDW転移温度以下で有限の異方性が生じることも説明できる。歪があると、電荷ボンド秩序パラメータに異方性が生じるため、CDW転移温度で異方性が生じる。さらに低温で、フラックス秩序パラメータの凝縮に伴い、異方性が更に増大する。いずれにせよ時間反転対称性の破れはフラックス秩序がなければ生じないのじゃ」
学生「都合が良すぎる・・・」
博士「都合の良い理論が大好物じゃ。」
学生「でも観察事実を再現できるだけの理論て、役に立ちますか?学習データと検証データが同じになってませんか?」
博士「そこは大丈夫じゃ、異方性の磁場依存性や、温度依存性がGL理論から予測される結果と一致するものとなっておる。予測性能もある。」
学生「なら安心です」
【まとめと展望】
博士「つまり、CsV3Sb5は本来いかなる温度でも時間反転対称性を破らない物質なのじゃが、TRSB臨界点に非常に近いパラメータ空間に存在しておると考えられるのじゃ。そこに磁場をかけることで秩序パラメータ同士の相互作用が促進され、面内対称性の破れが任意の小さな磁場で生じておるのじゃ」
学生「そういうことですか・・・つまり、コレまでの研究では、気づかないうちにサンプルに加わっていた歪みや、測定のために印加した磁場が系の対称性を破ってしまっていて、それを系本来の物性と捉えてしまっていたことが論文ごとの結果の矛盾の原因ということですね。」
博士「そういうことじゃ。これまで謎とされていたTCDWとT*の関係も、支配的な電荷ボンド秩序パラメータと副次的なフラックス秩序パラメータという2種類の秩序パラメータを反映した、2つの温度スケールだったということなのじゃ。」
学生「なにか、狐に騙されたような感じもしますが、言いたいことは理解しました・・・あれ?同じようなことって、他の物質でも起きることですよね?自発的に回転対称性を破ったって報告が、今回と同じく、歪みと磁場に応答した現象の可能性もあるんですよね?つまり、外部摂動によって生じた現象を、無摂動状態の基底状態のものと誤認してる可能性があるってことですよね。特に強相関電子系に対する歪み応答の重要性は、鉄系超伝導、ルテネイト酸化物の研究でもすでに知られている以上、測定対象のサンプルに加わっている歪みを定量評価しないと何を測定しているかわからないことになりませんか?」
博士「それは地獄への門かもしれん」
学生「博士?」
博士「すべての研究をそこまで考慮して、比較対象も用意した上で実験し直せば、新しい未来がPave the wayするかもしれんな!物性物理の未来は明るいぞい!」
学生「そうですよね!よし!私も凝縮物性物理学の明るい未来のために明日から頑張らなくっちゃ!」
博士「その意気じゃ!」
学生「じゃあ、私は家に帰って、窒素ドープ水素化ルテチウムの室温超伝導の追試を再開しますね!」
博士「正気か?!」
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