LK-99とは何だったのか~室温超伝導狂騒曲~
【イントロ】
現代社会は電気エネルギーを用いた技術、エレクトロニクスにより支えられている。この電気エネルギーをロスなく使用するため、超伝導技術に期待が寄せられている。超伝導は、物質中を流れる電気抵抗がゼロとなる現象であり、電気をロスなく流すことができるため、その実用化が長らく望まれている。
超伝導技術の課題は、その現象が一般には液体ヘリウムや液体窒素を必要とする極低温、もしくは地球内部に匹敵する高圧下でしか生じない点にある。より高温、そして常圧で動作する超伝導体、いわゆる常圧高温超伝導体の探索が今なお続けられている。特に1980年代の銅酸化物超伝導体[1]、2000年代の鉄系超伝導体[2]、2010年代の水素化合物系高圧超伝導体[3]の発見は、常圧高温超伝導体の誕生の期待を大きく高めたものの、未だ発見には至っていない。
そんな中、2023年7月、プレプリントサーバーであるarXivに「Cu置換Pb9CuP6O25、通称LK-99は、常圧かつ室温以上の温度で超伝導体になる」と主張する2本の論文が韓国の研究機関により投稿された[4, 5]。この論文は世間の大きな注目を集め、arXiv上だけでなく、SNS上でも再現実験が報告[6, 7]され、さらにコミケで試料が販売される[8]など、熱狂的ともいえる盛り上がりを引き起こした。
このLK-99論文の特徴は、超伝導体の特徴と言える「ゼロ抵抗」「マイスナー効果による磁気浮上」「組成・結晶構造の同定」を含む形で論文が報告されたことである。これらは、新超伝導体の発見に対するいわゆる「田中クライテリア」(※)を満たしていたこと、さらに、初期の追試を行ったグループから「ゼロ抵抗」や「磁気浮上」が報告されたことから、その真実性がにわかに期待された。(※参考PDFリンク)
しかし、その後の各国研究機関の精力的な追試により、この物質が実際には超伝導体ではないことが明らかになった。報告されていた「ゼロ抵抗」および「磁気浮上」がそれぞれ、超伝導現象ではない別の現象、すなわち「硫化銅Cu2Sの構造相転移」および「強磁性による磁気浮上」を見ていたことが明らかになったのである。
本記事では、このLK-99研究に対する各国の取り組みと、どのような現象が超伝導現象と誤認されたかについてまとめる。
図、LK-99の磁化率と磁気浮上 引用:Superconductor Pb10−xCux(PO4)6O showing levitation at room temperature and atmospheric pressure and mechanism、 arXiv:2307.12037 |
【方法】
LK-99論文の投稿から、2023年11月23日時点までにarXivに投稿されたLK-99論文を一つ一つ調査した。調査方針は以下の通りとした。
- 該当論文は、タイトルまたはアブストラクトに「LK-99」「LK99」「apatite」「Pb9CuP6O25」を含むものとした。
- 各論文著者の所属国、所属機関の調査では、複数機関に所属している場合、1つ目の所属機関を所属として採用した。また、複数の国、機関が関わっている論文は各国、機関で重複して論文数をカウントすることとした。
- 実験、理論論文の区分は、「自グループで行った実験データを含む論文」を実験区分、それ以外を理論区分とした。
【各国の取り組み】
まずは、各国のLK-99関連研究への取り組み状況について示す。
表1に所属国別の論文を発表した機関数を示す。国別でみると、中国及びアメリカの論文が頭一つ抜けており、超伝導に関する物性物理の分野でこの2カ国が研究を牽引していることが見て取れる。
表2には、機関別の発表論文数を示す。中国は所属機関別でみた時、より多くの機関が複数論文を発表している。また、オーストリアとUKの各グループも、後述するように理論研究を中心に精力的な報告を行っている。
表2,2本以上論文を発表した所属機関別論文数 |
図1に国別の論文数を理論と実験に分けて示す。中国が米国の約1.5倍程度の論文を報告している。米国は理論研究が中心であり、実験研究ではインドのV.P.S. Awanaらのグループが、最も早い時期から追試実験を報告するなど存在感を示している。
図2には、所属国別の著者人数の延べ数を示す。人数的にも中国は米国の2倍以上の工数をLK99関連研究に投入していることがわかり、この分野への中国の注目度が見て取れる。
図3には最初のLK99論文が投稿された日(2023年7月22日(土))を基準に、10日経過ごとの論文投稿数を示す。11-20日経過後に投稿されている論文が多く、実験の追試または計算結果を出し、論文にまとめる時間を考慮すると、2週間程度かかると考えられることから、妥当な結果と考えられる。一方で、インドのグループなどが最初の10日以内に実験論文および理論研究の論文を報告しており、そのフットワークの軽さに驚かされる。
図1,国別の論文数 |
図2,国別の論文著者数述べ人数 |
図3、最初の論文投稿からの経過日別の論文投稿数 |
今回の調査で確認された日本の研究は、2機関が関わる3本の論文のみであった。銅酸化物超伝導、鉄系超伝導のブームを牽引した日本としては少し物寂しく感じられる。この結果は、玉石混交の常圧室温超伝導探索の中で、日本の研究者の目利きが光り、結果として非超伝導体であることが判明した研究に、無駄な研究資源の浪費を行わなかったものと肯定的に考えることもできる。
一方で、世界的には、米国のC.W.Chu博士、B.A.Bernevig博士やドイツのB.Keimer博士、C.Felser博士、オーストリアのK. Held博士といった欧米の有力研究者たちも研究論文を発表している。このことをふまえると、昨今の大学改革の結果として、単に日本の研究者が持っていた機動性と研究資源の余裕が失われてしまった結果と考えることもでき、世知辛い世の中になってしまったなと感慨深くなる。
【実験データの解釈】
次に、「ゼロ抵抗」および「磁気浮上」がそれぞれ、超伝導現象ではない別の現象、すなわち「硫化銅Cu2Sの構造相転移」および「強磁性による磁気浮上」を観測していたことを示す。
1,硫化銅Cu2Sの構造相転移
超伝導体の第一の特徴と言えるのが、その名の通り、電気抵抗がゼロになる現象である。この現象が室温以上、100℃付近で観測されたことが、LK-99が超伝導体であることの第一の証拠と考えられた。
しかし、最初の投稿から17日後、中国科学院のYangmu Li博士らは、このゼロ抵抗、すなわち100℃付近で電気抵抗が急減する現象が、「不純物として含まれる硫化銅Cu2Sの構造相転移に伴う一次相転移に由来するのではないか」という論文をarXivに報告した。また翌日にはイリノイ大学のPrashant K. Jain博士が、LK-99論文と70年前にJPSJに報告された論文を比較することで同様の結論をarXivに報告している(図4)。さらに、国立台湾大学のLi-Min Wang博士や、ヒューストン大学のC.W.Chu博士らもより精密な測定を行い、同様の結論(※1、※2)を得ている。
以上のことから、LK-99の高温超伝導の証拠と考えられた「ゼロ抵抗」現象は「硫化銅Cu2Sの構造相転移」を誤認したものと考えられる。
LK‐99が超伝導体であると信じられた証拠のもう一つが、「マイスナー効果による磁気浮上」である。通常、超伝導体の論文では、ゼロ抵抗とマイスナー効果にともなう反磁性を報告するものは多いが、磁気浮上まで確認する論文は少ない。一方で、LK-99論文では、磁石上のサンプルの磁気浮上を画像として掲載しており、読者に大きなインパクトを与えた。ただし、この磁気浮上は、Half-levitation、すなわちサンプルの片端が磁石に接したままという状況であり、一般的な超伝導体に見られる完全な浮上とは異なっている点に懸念が持たれていた。
最初の論文投稿から17日後、北京大のShuang Jia博士らはLK-99試料が、磁気浮上、Half-levitationを示すことを確認した。しかし、より慎重な検討から、この現象が内部に含まれるソフト強磁性を示す不純物によるものであり、磁気浮上がLK-99のマイスナー効果によるものではないと結論づけている。さらに、北京大のJian Wang博士らのグループは、Half-levitationするサンプルとしないサンプルに対して、磁気測定を行ったサンプルと同一のサンプルで電気抵抗測定を行い、どちらも絶縁体的な振る舞いをすることを報告している。同様の結論は武漢大学のQingsong Mei博士らも報告しており、磁気浮上の振る舞いの違いから超伝導体、反磁性体、強磁性体を区別する方法を提案している(図5)。
以上のことから、LK-99の高温超伝導のもう一つの証拠と考えられた「磁気浮上」現象は「試料に含まれる強磁性不純物による磁気浮上」を誤認したものと考えられる。
【今後の展望】
熱狂的なブームを引き起こしたLK-99であったが、詳細な追試の結果、この物質は超伝導体ではなく、異なる現象を超伝導現象と誤認していた可能性が高いことが明らかとなった。この熱狂から得られた教訓がいくつか存在すると考える。
1つ目の教訓は、超伝導体の同定の慎重さである。当初報告されたゼロ抵抗は、元々完全には電気抵抗がゼロ、すなわち測定装置の測定精度の限界まで落ちていなかったことが確認できる。仮に測定精度の限界まで落ち込んでいたとしても、それは必ずしもゼロ抵抗を意味しない。また、マイスナー効果による反磁性にしても、物質によってはグラファイトのように巨大な反磁性を示す非超伝導物質も存在する。以上のことから、複数の実験結果を含めた超伝導現象の同定が必要であるとともに、観測された実験値がどのような現象に由来しうるのか、幅広い知識をもっていることが重要であることを再確認できたと考える。
一方で、実験結果の解釈の問題という点では、同時期に世間を騒がせたL-H-N系低圧室温超伝導とは一線を画す結果であると言える。LK-99論文の実験結果はその解釈に問題があったものの再現自体は可能なものであったが、L-H-N系超伝導は、そもそもの実験・解析結果の再現が別グループだけでなく著者たちの中でもできておらず、最終的に論文撤回に至ったためである。
2つ目の教訓は、新たな物理への希望である。LK-99、すなわちPb9CuP6O25は超伝導体ではなかったものの、理論計算からはフラットバンド構造をもつ物質系であると考えられている。また、この物質が、Cu置換によりワイル半金属になることも予想されている。どちらも新規な創発物性が期待できる特徴であり、今回の騒動が、これまで着目されていなかった新しい物質系を見出したと捉えることもできる。どのような物質に対しても精密な検討を行うことで新たな物理を見出すチャンスが広がっていることを示唆しており、物質ごとの丹念で粘り強い研究がブレイクスルーにつながる可能性を提示していると考える。
【まとめ】
本記事では、2023年7月にarXivに報告され、社会を騒がせたLK-99関連研究についてまとめた。世界各国が追試を行う中、特に中国の研究機関が積極的な研究を行っている一方で、日本からはほとんど論文が出ていないことが確認できた。更に、詳細な追試から、この物質が超伝導体ではなく、異なる物理現象を超伝導現象によるものと誤認していたことが確認された。
一方で、これだけのブームが起きたことは室温超伝導への社会的な注目を意味しており、これまで以上に室温超伝導研究への研究資源の注力が期待されるものである。
【参考文献】
この件では現役の研究者であり、Xでも有名な人が安易に騒いでいたのが非常に残念でした。。
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